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ある悪党の追憶

​ 等持院の戦いのあと、成之の孫・澄元を守って孤独に死にゆく三好之長の独り笑い。

​ 担当に切腹を拒まれた主っつうのはまぁ、畠山の人妻こと政長のことです。

​ 主=澄元、元主=政元、あの方=成之。あの方たちは、成之世代・・勝元とか政国とか。

 

***

 

 ああ、これまでか。多勢に無勢、所詮は寡兵。あまりにこの戦が無茶だなんてことくらいは分かってはいた。相手はあの、名門の血の裏にとんでもない獰猛さを孕ませていると名高い細川野州家の血を継ぐ高国様なのだ、将軍が裏切った程度では揺るぎもしないだろう。全く、元主は化け物のような黒い羊を養子にとってしまったものだな、と私は笑う。
 都では、私が捕らえられたという一報に民衆は歓喜に沸いたという。そりゃそうだ、我ながら思い付く限りの悪行はほぼこなしてきた人生なのだから。だが、別に心配はしていなかった。私が死のうが・・・孫の元長には何としても逃げよ、と言い聞かせてあるし、恐らく病がちで遅かれ早かれ私の元においでになるであろう主のお子を何があっても守り奉れ、とも命じてある。きっとこの先しばらくは高国様が天下に君臨なさることになるだろうが、ゆくゆくは、そう、ゆくゆくは。数代かけて勝敗を争っているこの不毛な世で、また私たちは返り咲くに違いない。それに、少なくとも私が死ぬまでの間高国様の軍勢は動きを止めるだろうから、その隙に主には阿波に撤退するよう、既に言付け役を用意していた。あの方の血を継ぐ主を、戦場で散らせてたまるか。それが私の唯一の矜持であり、最後の使命であると考えている。
 担いでいた将軍に捨てられた今、あの近江の風見鶏を頼っている高国様が力を失うのは時間の問題だ。私達は無理でも、なんとか、一つ後の世代ならば。やれるだけの工作は済ませたのだから、あとは高みの見物と洒落込ませていただこう。あの方々の子や孫が裏切り、殺し合う様を地獄から見物するのだ。賽は投げられた、憎しみの連鎖はとうに始まっている。・・・ああ、なんたる凄惨な地獄。そして、なんたる甘美な悦楽なのだろうか。

 以前、あの方は言っていた。細川家は決して、足利家にはなれないのだと。将軍家は、ある意味この室町の世に捧げられた生け贄であり、俺たちはあくまでもその恩恵に与ることしかできないのだ、と。サァ高国様、如何なさいますか。天下人などという立場、そんなに羨ましいでしょうか。エエ、エエ。しかも背を固めるのは風見鶏。あの狡猾な男のことだ、六角家に益がないと判断するや否や、将軍だろうが管領だろうが構わず笑顔で裏切り切り捨てるに違いない。そして貴方様の喉笛を狙う輩は、恨みは、既に次世代に受け継がれているというのに。確かに貴方様は聡明でいらっしゃるが、甚だ残念ながらまだまだ経験が浅いのです。
 私は笑う。捕らえられ、縛り上げられ床に転がされて。気付いてらっしゃらないのでしょう、高国様。本当の地獄はこれからだというのに。お可哀想に。アァ、お可哀想。私は一抜けた、とするだけですよ。何も貴方は勝ってはいないのです。
かつて、主の切腹を拒んだ短刀があったという。となると、きっと私の短刀は喜んで血を吸いにくるのだろうなと、阿呆らしいことを考えてまた私は笑った。

 

 

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