だから殺しちゃえって言ったのに
「兄上は、甘いんだ」
30代にしちゃ無垢過ぎる気がしないでもないけど、お寺育ちなんで!(言い張る)
***
「殺しちゃえば、良かったのにな」
だから兄上は甘いんだ。確かに、義勝があんなに小さくして死んでしまったのは予想外だっただろうけど。
「それでも、甘いよ」
兄上だってわかってたはず。呪いに近い、足利の血を。
権力闘争の末についた将軍に可愛がられていた息子は、絶対に早死にする。こんなルールをさ。
初代尊氏様のお父上、貞氏さまもそう。可愛がってた長男の高嗣さまを早くに亡くしてしまったし。
俺の父上だってそう。気に入られてた義嗣兄さんは、あんなに早く死んでしまった。
「だから、知ってたはず」
父上との諍いの中で襲職した兄上。その兄上がかわいがる息子ならば、早死にして当然でしょ?
・・・なんて言ってみたって、もう本人はいないのだけど。
「一人だけ、一番大変な仕事ほっぽり投げてあの世に行っちゃってさぁ。ひどいよ。俺、天台座主として将来嘱望されてたのに」
しかも、次の将軍を決めもせずにさ。兄弟たちと籤引して、そのせいで鎌倉にいる馬鹿野郎には“還俗将軍”なんて揶揄される始末だ。
あのまま、お寺で終生のんびり過ごすつもりだったのに。
「兄上は、甘いよ」
俺の仕事、たくさんあるじゃない。しかも自分の意中の相手に将軍を引き継がせることができなくって。
全くもって兄上は、損な人生の終わり方したよね。弟なんていたって邪魔なだけ。殺しちゃえば、良かったんだ。
「ごみはきちんと始末する。当たり前じゃないの?」
ただ、俺たちが片づけなきゃいけないごみは、人型をしていて、ごみよりは頭が働くのがちょっとした難点だ。しかも、徒党組んだりしやがるし。
あはは。
「・・・ま、兄上にそれができるとは思ってないんだけど、さ」
よく考えれば、なんだかんだ言って優しい兄上に、そんなことができる訳もないのだ。上杉禅秀の乱の時だって、うぜぇとか言いながらも結局、鎌倉の馬鹿の事殺せなかったし。
でもね、兄上。
「殺生が苦手で、将軍なんか務まるかっての」
ほら、良く考えれば。俺、兄上が零したごみまで片づけなくちゃいけない。
お片付けが苦手だった、兄上の尻拭い。いろいろ言われるだろうから、まずは片づけるための口実を作らなきゃならなくて。しかもすごくでっかいごみが、まず俺の前に立ちはだかるんだ。
「手始めに、アイツを、お片付けしないと」
何か、都合のいい理由があっただろうか。なければ、あちらが突っかかってくるまで待たなくちゃだよ。
「ああ、面倒臭いな」
何で先に死んじゃったのさ。
義持兄上。
だから、殺しちゃえばよかったのに、って言ってんだよ。
そうすれば、こんなに考えずに済んだし、あの馬鹿も消えた。
「持氏のことも、俺のことも、さ」
どたどたと、急にあわただしい足音が聞こえてきた。居室のほうにまで足を踏み入れていい人間は限られている。それが走ってくるとなると、誰だ。細川持之か?
「失礼いたします」
当たり。息を切らしてはいるが、静かな物言いは細川家独特のものだ。
「どうしたの?誰か攻めてきた?」
「いえ・・・・ただ、以前囲んだ延暦寺の者どもが鎌倉公方足利持氏と通謀し、義教様を呪詛しているとの噂が」
「ホント?」
ぱん、と障子を開け放つ。足元を見下ろすと、確かに、と持之が顔を上げた。
脳内で、プランが疾走する。
「ちょうどいい、タイミングだね」
「は・・・?」
凄いや、考えてれば叶うものなんだ。これ以上の口実はない。これだったらいける。確実に、兄上ができなかったこと。俺が、ケリをつけて、
「殺せる」
そう言うと、ぴくり、と持之が少し動いた気がした。武者震い?なんて問い掛ければ、ええ、まぁ、と返ってくる。どうでもいい。意味のない問い。そんなことより。もっと大事、ああ、どうも俺興奮してるみたいだ。
一度も見たことは無いけど、大層小憎たらしい面をしているらしい。どんな風に死ぬんだろう。雑兵に馬から引きずり降ろされるとか?いや、手っ取り早く落馬。それか・・・こちらの大将と一騎打ちの末死ぬ?首を掻き切られて?
あっは。楽しい。
愉しいや。
「持之、兵の支度はできてる?」
「はっ、整っております」
「上出来」
室内に戻って、ジャケットを取る。代々、将軍のみが着ることを許されるこの丈の長いジャケットを、数年前まではまさか自分が着ることになる、だなんて考えても見なかった。
「持之」
呼びかける。は、と返答。廊下を歩きだすと、付いてくる気配がある。
「比叡山も懲りないよね。でも今度は許さない。絶対殺す。必ず殺す。許しを乞うて来ても殺す」
「・・・承知、いたしました」
くるり、と、振り返る。生真面目そうな6歳年下の、管領細川持之の瞳を見つめて、笑った。
「手始めに先ず、六角と京極に命じて叡山への物流を止めろ。そうしたら、門前町丸ごと、火の海に沈めてしまえ」
「しかし、それでは民が・・・」
「民なんて関係ない。ていうか、誰だって火を見たら逃げるでしょ。俺が本当に殺したいのは鎌倉の馬鹿なんだから、その為に、多少の犠牲なんていちいち気にしてらんない」
「・・・は」
「燃やせ。焦らせろ。それでも折れないようだったら、山ごと焼き払え。伽藍も堂も灰燼に帰してしまえ」
「・・・承知」
短く答えた持之が、意を決したように走っていく。細身な身体でよく動く、有能な部下だ。
さあさ、兄上のしりぬぐいの始まりだ。躊躇い無く殺しちゃうからね、兄上ができなかった分。数分後には、この都を大軍勢が行進することだろう。比叡山に向かい。整然と並んで。
「ははは、はは」
可笑しい。晴れた陽気も相まってか、笑いが漏れる。
こんな天気で、こんな気分のいい日に、こんないいタイミング。
「・・・行こっか」
にこ、と純粋な笑みをこぼし。初秋とはいえど暑い7月、室町幕府第6代征夷大将軍、足利義教は、この後半年以上にも及ぶ比叡山の制圧に乗り出した。