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この行為に一体何の意味があるというのか(陽成+宇多)

 

忘れたい帝と、忘れたくない上皇の話。首絞め注意。死にはしません。

 

 

 

***

 

 

「ぅ・・・く、・・はっ、・・・ぁ」

「相変わらず、ほっそい首」

 何ででしょう。互い出世して良い身分だってのに。数年前と全く変わらず、俺はこの方から―――いや、今は私的な場だから敬う必要はないのか?こいつから、首を絞められている。

 しかも戯れなんかじゃない。完全に本気。・・・違うな。本気で首を絞められているのは確かなんだろうが、こいつに俺を殺す気はない。もし殺してしまったりすれば、また二の舞になるから。3,4年前、こいつは乳母の子供を殴り殺してる、らしいのでね。そんなことするからこんな堅苦しい屋敷の中に、名前だけいい地位を与えられて事実上閉居させられてるんだろと心の中で罵倒してみる。無論、意識が遠のいている最中だから口に出したりはできないが。

 もがいたりはしない。それは経験則だ。もがけばもがくほど体力を消費して、呼吸が苦しくなるのだ。床に倒されて馬乗りで両手で首を絞められて。傍から見ればどう何かを加味しても殺人現場にしか見えないだろう。腕は体の横に、適当に投げ出したままだ。

「なぁ、定省、抵抗しないのな」

「・・・・っ」

 返答の代わりに呻くこともできなかった。とか言いつつ、また、力が強くなった。これは窒息の前に、首が折れそう。

「昔まではよ、帝、やめぇや、って。結構激しく抵抗してきたのに、何だこのザマは。もがいて見せろって」

 無理、の意を込めて軽く首を振る。振れたんだろうか。俺自身もわからない。

 何やってんだろうな、俺たち。

 なぁ、貞明。あ、いや、・・・陽成院。俺たちって今、天皇と上皇だよな?

 

 

 

 

 なんて茶番劇を繰り広げている間にも、実はどんどんと意識が揺らいでいる。そして、いい加減慣れた感覚がやってきてる。失神する直前。だんだん聴覚が働かなくなってきて、耳が詰まってきて、目がかすんで視界が白く染まっていく。

 直衣の裾を、思わず握りしめる。どんなに抵抗すまいと思っても、意識が途切れる直前にはやはり、抵抗運動をしてみたくなるものらしい。

 あ、だめだ、しゃれじゃない、くるしい、め、視界が、シロい、あ、し、ぬ・・・?

 

「――――・・・ぷはっ、」

 

 ぱっと。手が離された。指の感触だけを残して。跡形もなく、指が離れる。

 げほげほと咳き込む。絞められている最中は大したことなかったのに、離された瞬間これだから嫌だ。どうして離された後の方が苦しいんだよ。

 仰向けから一転、左に寝返りを打って体を曲げて咳き込む俺。でも貞明に乗られているから、完全に横を向けた訳じゃない。上半身だけを捻ったこの姿勢は実は辛いが、仰向けで咳き込むのはもっと辛いから妥協した。最善が無理なら次善で。

 なんてやっていたら、肩を掴まれて仰向けに戻された。痛い。相変わらず力強いな。

 ひゅーひゅーと喉を鳴らしている俺を、貞明が押さえつける。

「なあ、どうして抵抗しなくなった?」

「まだ・・・言ってるのか」

「そして言葉も変わった」

「天皇になってまで訛ってられるか」

 歴代天皇の中でもかなり特殊な経歴をたどっている自信はある。だから、過去にけりをつけるのも俺にとっては大事なことだ。言葉の訛りを一掃したのも、その一環。

「お前の京言葉、好きだったのに」

「それで悶絶、されるのが好きなだけ、だろ」

 まだ息が整わない。でもさっきよりはマシ。視界が焦点を結んできて、火が一か所だけ灯された薄暗い部屋の中で、こちらを見つめる貞明が見えた。

 

 

 

 天皇が上皇に首を絞められる。これだけ聞いて一般人が思い浮かべる様子は、いい歳したオッサンが親並に年の離れたジーさんから首を絞められている、という混沌とした状況だろう。が、俺とこいつは違う。即位して数日の俺は21歳、楽しそうに笑いながら首を絞めてきていたこいつは、上皇なのにもかかわらずまだ18歳だ。

 何がどうなってこうなったか、というのはいろいろと複雑怪奇な事情が絡み合っているのだが、なるべく簡潔に述べよう。

 まず、事の発端は俺の叔父、文徳帝が第55代天皇として即位したことがきっかけ。文徳帝の弟が俺の親父で、まあ皇位継承権は一応兄の方が強いということで、文徳帝が即位して、そのまま天皇は文徳系に流れていく、かと思われた。

 でも、文徳帝の息子の清和帝(悲劇の親王と歌われた惟喬親王の兄だ)へ皇位が受け継がれ、その下、次に天皇となったのが今現在俺に馬乗りになっている元・陽成帝。9歳で即位したのを良いことに、藤原基経が上手く操って権力伸ばそうとしていたところをフラグ叩き折りやがってこの野郎。幼いころから血気盛んで小動物殺したりとち狂ったように馬を飼いだしたりしていた陽成帝は、まあ関白基経の意見などを聞き入れる訳もなく、乳母の子供を殴殺した、という噂が立った時点でアウト、表面上は病気により、ということにして、事実上廃位させられてしまった。そこからは名前を変え、陽成院としてやはりこれも名ばかりだが、上皇となったのである。

 この時、まだ陽成帝は満15歳。流石に子供がいるわけもなく、ここで文徳帝の血筋は絶えた。そこで白羽の矢が立ったのが、陽成帝の祖父の弟であり俺の父である時康親王。もう55歳だったのだがまぁ無理やり引っ張りだされて、第58代光孝天皇として即位させられたのまでは良かったのだが、これまたタイミングの悪いことに、その光孝帝も即位からたった3年で崩御してしまった。どういうことか御分かりだろうか。つまり、文徳系の血が絶えたので光孝系に皇位が移ったというのに、その光孝系までもが絶える結果になってしまったのである。

 だが。

 あれ?と思った方、いるのではないか。

 だとしたら俺の存在はどうなる?と。

 実は、光孝帝・・親父には、割と子供は沢山いた。皇太后である俺の母との間にですら4人皇子が、生母不明の皇子など数えきれないほどいたのだ。その中から立太子して、誰かに継がせればいいじゃないか。その通りである。だが、親父には息子は沢山いたが、“親王”は誰一人、いなかったのだ。

 何を思ってそうしたのかは知らない。だが、父は即位直後、自分の血筋を皇位に付けるつもりはないと宣言するかのように、息子全員を臣籍降下させたのだ。ことごとく。容赦なく、源氏の姓を与えて皇族位を剥奪した。・・というほど血なまぐさい話ではないのだが。

 ということで、宮中は荒れた。相変わらず陽成院に子供はいないし(いたとしても基経が嫌がっただろう)、光孝帝の子供はみな源氏。どっから引っ張る、となっていたところで、実は死の直前、親父が強権を発動していたことが発覚した。何と、次期天皇に第7皇子である俺をオーダーしていたのだ。

 少し俺自身の話に移るが、その頃俺は源定省と名乗り、陽成帝・院の侍従として働いていた。そう、しつこいようだが今現在俺に馬乗りになっているこいつの侍従としてだ。だから予想もしていなかった。俺が天皇になる、だなんて。ずっと源定省として生きていくつもりだったのだ。7歳で臣籍降下させられてから。

 兄貴たちだって山ほどいるというのに、何故よりによって俺なんだ、と、最初は随分父親を詰ったものである。しかも、誰も兄は死んでいない。だというのに7男が上6人を差し置いて即位するというこの気まずさ。分かるか?出世レースで弟に負ける兄、絶対に俺なら嫌だ。

 そんなこんなでまぁ俺に拒否権があるわけもなく、あっさりと親王宣下を受けて「定省親王」として皇族に復帰した俺は、立太子された即日即位した。つまり、その日に親父が死んだ。どれだけ急な案件だったか、というのが分かるだろう。

 久しぶりに聞いた「定省親王」という名前に不思議な感慨を抱いた覚えがある。と言っても、親王宣下されたのが8月25日、即位したのが26日だから、そう呼ばれたのは1日なかった訳なのだが。

 歴史上で皇族だったのに臣籍降下され、再び皇族に復帰して天皇になった、なんていう数奇な運命をたどっているのは、今のところ俺だけだ。そう、俺、宇多天皇だけなのである。

 

 

 続けて、手短に何故現在のような状況――上皇から馬乗りで首を絞められていたか、ということを説明したい。取りあえず、現上皇に挨拶に行ったのだ。新しく天皇として即位した挨拶に。あまり深いことを言おうとすると大鏡コードが発動して会話が中断されるので詳しくは述べられないが、この時代、上皇はまだ隠居扱いだ。後の世のように天皇から実権を奪っ□★●×$%&?!~€くぁwせdrftgyふじこlp・・・おっと、大鏡コードに引っかかった。まあ、そういう事である。だが、一応上皇は上皇、所詮こちらは天皇なのだから敬意を払わなくちゃならないし、そもそも俺と陽成院の関係は「新しい天皇と上皇」で割り切れるほど浅い関係でもない。そこらへんが理由で、「元はあんたの侍従だったけど、今は天皇です」というのを示さなければならないという非常に面倒な作業をするためにわざわざ俺は上皇の元へ出向いたのだが、話を聞いた陽成院が神妙な顔で「少し、天皇と話がしたい」と人払いを掛けたと思ったらこの有様だ。二人きりになった所で、首を絞められた。続きは冒頭から読んでくれ。

 

 

 

 

「なぁ、せめて言葉くらい戻してくれてもいいんじゃないのか」

 まだ言ってやがる、と心の中で毒づく。源氏時代の京訛りを、親王宣下を受けるにあたって俺は一切捨てた。定省親王、宇多天皇として生きるために。ある種のけじめである。

「嫌だ。・・・俺はもう、源定省じゃないんだ」

「・・・ッ」

 一瞬、陽成院――貞明が怯んだ。その隙に、そっと貞明の下から抜け出す。気が抜けたように呆然と座り込んだ貞明の正面、態度悪く俺は座る。

 追い打ちをかけるようで気は引けるが、ここで言っておかないとこんなことがまた続きかねない。首を絞める。俺が貞明の侍従だった頃、よくやられていた事だ。

「なあ、陽成帝・・・いや、陽成院。俺は即位したんだ。宇多天皇として。もう光孝帝の第7皇子で、7歳で臣籍降下されて、陽成帝に近習として仕えてた源定省じゃないんだよ」

「・・・、分かってる」

「だったらもう分かるよな。こんなに上皇と天皇ってちょくちょくふれあっていいもんじゃないんだ」

「うるせぇな。俺のほうが一応格上だろうが」

「だからって天皇の首絞めていいってことにはならんぞ」

 半ば諭すようになっている自分の口調に笑える。けっ、と陽成院がそっぽを向いた。

 だったら教えてくれよ、なあ、貞明。

 

 

 この行為に一体何の意味があるというのだ。

 

 

 

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