そ~らを自由に 飛びたいな♪
とっても楽しい政元の話。1504年以降で、既にいろんな人物や家臣が死んでいる時代。
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「御屋形様ァ!!!」
「危のうございます!!おやめ下されェ!!!」
室町殿を見下ろす、京兆家の屋敷の屋根の上。月夜に照らされたいけずなこの町は、たった30年前まで灰と焼け跡と死骸にまみれていたという。成之はそんな中も生き抜いてきたんだっけ・・・まぁ、そんなのどうでもいいのだけど。
だってほら、呼ばれてるもの。太刀筋のようなほっそりとした月の向こうで”彼ら”が呼んでいる。こつ、と屋根から空へ一歩踏み出す。眼下で揺れる灯篭の光は、かがり火か、それとも河内か甲賀か、あるいは正覚寺か。政長殿は元気だろうか?最近会っていないけれど。
まぁ、どうでもいい。生きてる人間の事なんて、興味ない。私が求めるのは彼らの世界だけなのだから。愛宕の山におわします、金色の鳶に、長い翼を持つ沙門さま。ああ、ほら、星の彼方に。月の此方に。13の時、私を救ってくださったあの方たちが、呼んでる。宵闇のワルツを。硝煙のセレナーデを。確約されたバラッド、フィナーレはもちろん、レクイエムで。
青白い光に抱かれ、私は踊る。ああ、そうだとも、私は飛べる。地から湧き上がる民衆の歓声を受けて、ほら、段々と重力さえも私を見送ってくれる。自然と歌がこぼれた。
ああ、私の名を呼ぶのは元一だね。愛らしい姿でこちらを見上げている。木の陰に佇むのは元秀か、もっとこちらに出てくればいいものを、アングラなことばっかり好んで。ほら、皆見て、私は飛べるんだ。あの方たちが呼んでる。手を差し伸べてくれてるんだから。
「政元様ァ――――・・・・ッ!!!」
一際大きな声で、私を呼ぶのは誰?上から?それとも下から?後ろか前かもわからない、分からないけれど。舞台の先から私を導いてくれるあの方たちに、ついていきたいだけなのだから。
私は、舞台の縁から、たん、と宙に舞った。
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「それで、政元の容体は?」
「依然眠られたままです・・ギリギリ落下した際内衆たちが下敷きになって緩衝材になってくれたおかげで、無傷ではありましたが・・・」
「こりゃ起きたら元長が怒るだろうなぁ。ただでさえ気が短いってのに・・うちの之長も流石にびっくりしてたよ」
「香西殿ならもう既に怒ってます・・之長様にもご迷惑をお掛けしまして、申し訳ありません」
「いやいや、お前が謝ることじゃないよ、元家」
会話が途切れ、ため息が漏れる。この下屋形とも称される讃州細川家当主、細川成之の端正な眉も今日ばかりは顰められていた。無論、うなずく私も同様である。
昨晩の狂乱は、本当に夢だと思ってしまいたいほどのものだった。どこかで野犬が鳴いているような静かな夜半、突然当主政元が屋敷の屋根に上った挙句そのまま飛び降りたのだ。動機は分からないが、近習が言うには”あの方たちが呼んでいるから”としきりに呟いていたという。恐らく、天狗、なのだろう。だが、ここまでするとは流石の家宰たる自分であっても予測できなかった。
主が落ちるその瞬間、叫び掛けた声は、届く訳もなく。重用していた上原元秀の急死や寵臣薬師寺元一の謀反死を経て、細川京兆家の勢力が絶頂を迎えるとともに、当主政元の精神はどんどん安定を欠いていっていた。あるはずのないものをあると言い、見えない者に話しかけ。精力的に丹後一色氏を攻めたかと思いきや、突然全てを投げ出して奥州へ行くと言い出したり。内衆たちだって当然不安になるし、挙句そこで勃発した家督相続問題についても政元は全く関心を示さなかった。
家臣の上に絶対王者として君臨したかと思えば、まるで傀儡のように内衆の言いなりになってみたり。政治の表舞台で見せる顔と屋敷で内輪に見せる顔との乖離は日に日に進み、じきに手遅れになることは火を見るよりも明らかだった。そうしたら、この大きくなってしまった細川京兆家は一体どうなるのだろうか。このまま、自分ひとりで政元を現世に繋ぎ留めておくことなど、できるのだろうか。
「・・・安富元家、の名は重いね、又三郎。でも、もうお前しかいないんだよ。自分で殺した人間のことすら覚えてられなくなってしまったようなかわいそうな子なんだ。・・俺じゃもう、駄目だから」
「成之様、そんな」
「政国が死んじゃってから猶更、ね。もう俺の言うことはきっと届いてないから、だから、頼んだよ、京兆家の家宰さん」
政元が起きたらまた教えて、典厩の屋敷の方にいるから。華やかな衣装を翻して、謀略家の下屋形殿は去って行った。取り残された私は、ただ廊下に佇むしかない。
この、足元が崩れていくかのような言いようのない不安。再度の一色攻めやそれにまつわる丹後の仕置きなど、やらねばならないことは山ほどあるというのに。
とりあえず、今の私にできることは主が目を覚ますまで待つことだけだ。余計な事は、考えないに限る。ぱぁんと一つ頬を叩いて気合を入れた私は、執務室に書類を取りに向かった。