拷問には向かないな 1
若き日の先代と子供時代のハンターの話。昔からハンターは人を騙すのが得意だったんだよという話。そしてめちゃくちゃシオンは苦労人。若干事後とか事前を匂わせてる。先代×ハンター、先代×クイーン。続きます
「ボス、またですよ!」
昼下がりの執務室。“一仕事”終えてコーヒーを片手にとあるリストに目を通していた俺は、珍しくノックをすっ飛ばして入ってきた側近に目をくれた。
「・・・どうしたシオン、お前にしちゃ珍しいくらいに慌ててるな。クールな眼鏡が台無しだぜ」
「おちょくるのはいい加減にしてください。本当に、今それどころじゃないんです」
「・・・何だ、どっかのカルテルが破綻したか」
コードネームはシオン。在籍10年目。35歳の俺の5つ下で30歳だが、馬鹿みたいに頭の切れる男だ。このゴエティアファミリーの事務関係の一切を取り仕切らせているが、ひとたび抗争の場に出させれば、ものの数秒で辺りを血祭りに上げる。少々行き過ぎたオカン気質で神経質な所が玉に瑕だが、トップである自分が割と自由人だから、こいつがこれくらいでちょうどいいのか、と好き勝手させていた。
さて、シオンが血相を変えて飛び込んでくるレベルとなると何だ。南アフリカの麻薬カルテルがぶっ壊れたか、それともボヘミアでの市場争いがアメリカに飛び火したか。――どちらにせよ、厄介な案件ばかりが燻っているが、それらはそのうち全部潰すつもりでいたのだ。
全く、心配性な男め。問題はない、と言おうとしたその時、シオンの口から少し想定外の言葉が苦々しげに吐き出された。
「・・・今月に入って、6人目ですよ。先程、“タランチュラ”が裏路地で見つかりました。即死です」
六人目。タランチュラ。39歳男、金髪の開発員。ざっぱなプロフィールが脳内を駆け巡り、思わず手に持っていたリストを取り落としそうになった。
「・・・・・・・、死因は」
「失血多量。死亡推定時刻は今朝の7時頃。・・・5mほど先に、首が落ちていました」
「・・・・・・、やったのは」
「・・恐らく、“ハンター”が。・・・・ボス、いえジョヴァンニさん、これは本当に不味いですよ。10日で6人、もうどれだけ構成員が死んでると思ってるんですか。貴方が考えて拾った子供ですから何も言いませんけど、手綱はしっかり握ってもらわないと!」
苛立たしげに前髪を掻き上げ、シオンがため息を吐く。いや、分かってるさ。俺だって、そのことで悩んでない訳じゃあないんだ。仕方ない、と俺は立ち上がる。手に持っていたリストを丸めてシオンの頭をぽんと叩き、耳元でそっとささやいた。
「確か今朝はハンターは七時から仕事のはずだから、もうじき帰ってくるだろう。帰って来次第玄関で捕まえてここへ呼べ。・・・あと、浴槽に湯を張っといてくれると、有難い」
「湯・・・じゃなくて。今度こそ、きっちりと言ってもらわないと・・このままじゃハンターには、拷問の仕方についても教えられません」
「だから分かったっつってるだろ。・・・・これ、見ろ。お前なら気づくだろうが。“無差別”じゃねーんだよ、この殺しは」
「はい・・・・?」
実は、あまりこのリストは他人には見せたくなかったものなのだが、・・・もうここまで殺されてしまった以上は仕方がなかった。全く持ってメカニズムは謎―――あいつにこのリストを見せたことなど一度もあるはずがないのに。
ほら、案の定。シオンがみるみる色を失っていっている。眼鏡をクイと押し上げ、こちらを見つめてきた。
「まさか、これ、・・・いやでも、ありえないでしょう、こんなことって・・・」
「それが有り得るんだから恐ろしいっつってんだよ。俺が今日以前の5件の殺しを知らないとでも思ったか。知っていて、コレの通りなのかを確かめるために泳がせておいたんだ」
「じゃあ、今までの、全部・・・や、でも教えてないんでしょう!?」
ありえない、そんなのある訳ない、と首を振っているシオンの肩を、俺は諦めろ、と叩く。まるで12歳とは思えない、ってな。そう言いたいんだろうが。
「人を欺くことに関しちゃああいつは天性の才を持っているが、その逆もしかり。人を騙すということを熟知しているからこそ、人の嘘を簡単に見抜くことができるんだろう。・・・湯の蛇口を捻って行ってくれ、シオン。そしたら、玄関でハンターをトッ捕まえて、連れてこい。いいな」
ほら、行け、と最後に背中をたたいて、まるで電池が切れかけたロボットのようなぎこちない動きをするシオンを俺は見送る。・・・仕事のやりようも、なんせ派手な子供なのだ。デスクに戻って鍵付きの引き出しを開け、泡立つタイプの入浴剤を一包取り出す。クイーンはシナモンの香りを好んでいるが、確かハンターはミルク。・・・こんなものまで買い揃えてまで手塩にかけたくなるとはな、と半ば自嘲しながら、俺は恐らく数分後には血まみれで部屋にやってくるであろう、人形のような少年を待った。
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「ただいま戻りましたぁ」
懐中時計を見据えてきっかり五分。軽やかなノックに対するこっちの返事を待たずにいきなりドアが開いて、ハンターが入ってきた。しとやかな歩き姿。銀の長い髪。透き通るターコイズの瞳。そして、十中八九の人間が少女と断定する容姿。傑作、と言いたいところだが、いや平常時ならばここにクイーンも並べて言っているが、・・・・駄目だ、溜息を押さえきれない。
「・・・・また、派手にやっ散らかしたな」
「・・・?んー、そうかな。黒い服だからあんまり分かんないや」
「馬鹿か、髪見ろ髪」
「?・・・わっ、すごい。クイーンみたいになっちゃった」
はーーーーー。逃げる幸せなど等に逃げ切っているだろうから、ここはもうためらいなくため息をつかせてもらう。その彼自慢の銀髪は、今は恐らくターゲットと、下手するとたまたま居合わせたに過ぎない哀れな目撃者の鮮血に塗れて真っ赤になっていた。先程シオンに蛇口を捻ってバスタブに湯をためてくれと言ったのはまぁつまりこういう事なのだが、・・・自覚なし、か。案外、クイーンよりもハンターの方がより破滅的に壊れてしまっているのかもしれない。
まぁ、壊したのは俺自身、だ。かといって別にそれを後悔はしていないし、逆に楽しんでいるのも事実。こんな年端もいかないような幼子に手を出すのはいかがなものか、と白い目で見られているのは知っているが、別に血の掟に抵触しているわけでもないので、そんなものは無視上等。4つで拾った二人の子供を完全な形に仕上げること。この宿願を達成するためならば、何だってしてやると心に決めたのだ。邪魔はさせない。何人たりとも。不敵に笑って、俺は椅子から立ち上がった。
「ハンター、・・・いや、アドリアン。風呂入るぞ、その血塗れどうにかしないと」
含みを持たせた言い方。勿論、お前が気が付かない訳はないだろう?
入浴剤はすでに投入済みだ。赤い血、白い泡、そして、白濁した―――――。
ハンター、改めアドリアン・ヴェルナーが、一瞬目を見開いた後、怪訝そうな表情をこちらに向けてきた。
「・・・まだ、おひるだよ。それに、僕ばっかりじゃなくって、ジル・・じゃない、クイーンも・・僕ばっかりは、ズルいでしょ」
「安心しろ、ジルヴェスターは隣の寝室で既にくたばってる」
「・・・・・・・。」
こともなげに言ってのけると、しばらく唖然としていたアドリアンが、やがて一言、変態、と吐き捨てた。・・・それも随分と可憐な声で、なのだが。最近少し喉の変調を感じているようで時折首をかしげながら咳払いをしているが、この調子なら声変りがあったとしても、何ら問題はないだろう、と踏んでいる。却ってその、成長途中独特のアンバランスさや不安定さを好むような男もわんさかいるようで―――いや、別に利用価値しか考えていない訳ではないのだが、まぁ、そこは置いて。とりあえずはこの悪戯好きが行き過ぎている子猫への仕置きが先である。次の長期潜入の仕事を考えるのは、後だ。
「ほら、いくぞ。わざわざシオンに行って先に湯をためてもらったんだ。質問がいくつかあるから、じっくり答えてもらうぞ。主にお前が今月行った、6件の殺人について」
「・・・・・」
・・・ふてくされている、な。こういった揺さぶりが一切通用しない奴だとは知っているが、せめて人を殺してるんだからもう少し悪びれてもいいだろうに。どうせ頭の中じゃ、今日の夕食は何だろう、だとかクイーン大丈夫かな、とかそんな事しか考えてないだろう、というのは簡単に予想がつくが、それにしてもだ。普通は命の尊さなど無視することを叩き込まねばならない世界だというのに、これじゃあ逆に尊さを指南しなくてはならない。こういった倫理観念のなさは抗争の場では大変有利になるが、無駄に腕にも才能が発揮されてしまっている以上、こう唐突に身内を殺されてしまっては困るのだ。
そっぽを向いてふてくされるアドリアンのもとに近づく。まだ低い身長、12歳の細い体。こんな子供に命を奪われた奴らは、一体最後に何を思ったのだろうか。
「・・・・ミルクの香り、入浴剤入ってっから。しかも泡」
「本当!?いい匂いのやつ!」
途端に、先程までのぞっとするような色気が抜け、子供らしい年相応の無邪気さが姿を現した。やったあ、と血まみれで飛び跳ねるその体を、俺はひょいと抱き上げた。
「ほらー、部屋が血腥くなるからやめろー」
「おろしてー!一人で歩けるもん!」
「置いておくと永遠そこで飛び跳ねてるだろうが。・・・あ、くたばってるっつってもジルだって後始末は済んでるから安心しろ」
「・・・・・ッ、馬鹿!」
俵担ぎにすると、背中をバシバシ叩かれた。地味に痛い・・・ので、そっとチュニックの裾から手を差し込んで内腿を指先で撫でてやると、びくり、と体が硬直したのが分かった。
そして、途端に背をたたいてくる手が止まる。
面白い。こういうところ、やはりまだまだ子供なのだ。
「おら、風呂入るぞ」
「・・・はーい」
大人しくなった少女のような少年を担いで、浴室へと向かう。確かローションはそのままあったはずだ。
ショタコンだ?・・・・馬鹿、言ってくれるな。傍から見りゃそうだなんつうのは、百も承知なのだ。