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綺麗なら、そのままで

バーデン視点。人名呼び注意。バーデン=ヴィクトル、ヴュルテンベルグ=リヒャルト。

​仲が悪いのかいいのか分からない南部の双子の話。生体標本注意。

  俺の屋敷には「保管庫」という広い部屋がある。窓は1ヶ所しかなく、常に薄暗い。ベルリンなどと比べれば決して都会とは言えないカールスルーエで珍しく大きな建物の、離れのほとんどを占めている部屋だ。

  名前の無機質さとは正反対に、保管庫にはたくさんの美しいものが飾ってある。例えば、見事なスズの金属塊や酸化被膜に覆われた色とりどりの天然チタン塊。無脳症の赤子の頭部、片方の胴体を貫くように育ってしまった結合双生児。指が7本乱雑に生えた足。ガラスの破片がびっしりと刺さった眼球。みんなみんな、何世紀もかけて俺が集め、丁寧に保持し続けてきたものだ。

  昔はもっぱら保存には塩を用いたものだが、今ではホルマリンという大変便利なものがある。水溶液なせいか、生体を――特に皮膚の付いているものを入れるとふやけたようになってしまうのが少し残念だが、塩を使うよりはよっぽど綺麗だし、何より変色・変形しないのだ。

  で、端から見れば狂気の沙汰としか思えないような部屋に何故俺はいるのか。簡単な話、冷静になるためである。俺は今、大変困った衝動に駈られていた。

 

  同じ屋敷の中に、弟リヒャルトがいるのだ。いや、別に拉致したとかそういう訳ではなく、時々行われる「バーデン」と「ヴュルテンベルグ」の上司への状況報告が今回はバーデン側のカールスルーエで行われたので、帰るのが面倒だからとリヒャルトが(かなりいやいやだが)うちに泊まることになった、というだけである。

  勿論、それが嫌で耐えられなくてもう殺してしまいたくて――じゃない。むしろ逆。いや、まあ結果を見なければ同じようなものかもしれないが、そんなもったいない事をする訳無いじゃないか。

  リヒャルトを解体して、このコレクションの1つにしてしまいたい。

  かねてからの俺の、未だ叶っていない切なる欲望が、弾けてしまいそうなのだ。

 

***

  リヒャルト・ローゼンベルグ―――俺の双子の弟。身長体重、顔のパーツや声や髪の色。コピーしたように俺とそっくりな弟をホルマリン漬けにしたいだなんてどんだけナルシストなんだと思うかもしれないが、甘い。そうじゃないんだ。

  例えば。リヒャルトの持つあの雰囲気は俺は出せない。確かに周りがよく言うように、俺も弟も妖艶、可憐、美麗などと共通して言われる点は多いが、実際にはそれらのバランスがかなり違う。そのバランスがリヒャルトは本当に優れていて、それでいてたまに見せるあどけなく笑った表情は子供のように純粋だったりして、「ああもう!」と悶えたくなるのだ。

  骨格や筋肉の付き方だって最高だ。鎖骨のカーブのしかた、細めの肩幅、下にいくにつれて締まっていく肋骨の配置。意外と女性じみた体つきをしてるんだがこれがまたなんとも美しくて、思わず見とれちゃう訳だ(俺達みたいな曖昧な存在に、そもそも性別なんて定義を押し付ける方がおかしいのだけれど)。

  局部で見るなら、手先もお勧め。これは是非、切り落として脂蝋にでもしたいところである。節張ってない長く綺麗な指、華奢な手の甲。爪はお揃い(というか習慣)のラウンドカットで、透明なトップコートを欠かしてないのも知ってる。俺もそうだもん。

  手首や膝、足首なんかの関節も素敵だ。実に性的。浮き出ない程度にさりげなく形を現す膝蓋骨なんか見てるだけで発狂しそうになる。無論、腿から膝裏、ふくらはぎにかけてのラインだって忘れちゃいけない。足が細いのも高ポイントなんだから。

  上腕の裏、日焼けすることなどまずない南に生きているせいか、うっすらと青く静脈が透けてるのだが、それがとてつもなくいい。白い肌とのコントラストが秀逸だ。あそこにナイフの刃を滑らせたらきっともっと綺麗だろうな。白と青と、ヴィヴィットな赤。華麗なトリコロールが展開されるはずだ。

  ところで、解体の定番と言えばやはりノコギリだが、俺はアレが嫌いで大体斧を使う。ノコギリはなんせ切り口が汚くて、その点斧。落とした先が吹っ飛ぶのに注意しさえすればこれほど良いものはない。刃で引き切るのではなく断ち切るので、骨は砕けず筋繊維も引きちぎれたり潰れたりしないから、美しいものを美しいまま飾り物へと作り替えることができるのだ。

  それと、血抜きは適当ではいけない。この作業をどこまで徹底してするかでずいぶんと仕上がりが違う。手抜きした料理が美味しくないのと同じだと言えば分かるだろうか。それに、材料が高級なら雑に扱ってあげたくはないのは当然でしょう?。

  ああ、手首は落として別途にするにしても残りの身体はは是非、そのまま保存したい。するとホルマリン溶液が足りないな。ホルムアルデヒドの37%溶液、どれくらい必要だろう。

  水槽も買わなくては。いや、特注した方が早いか。ガラスなんかじゃ安っぽくて駄目だ。水晶がいい。透明度が高くてきっと綺麗だろう。屈折率の高い水槽の中ならリヒャルトの長い髪は絶対映えるはずだ。

  息の根を止めるのは一酸化炭素で決まり。敢えて落としたところ以外でなるべく身体に傷は付けたくないから刺殺は駄目だ。硫化水素は死体が汚くなるし、毒物は死ぬときに苦しんでしまう。できれば眠っているような表情でいてほしいから、先に睡眠薬でも盛ってから一酸化炭素を吸わせてしまおう。しかもこれ、吸わせた死体は少しだけ頬が紅潮してこれがまた美しいのだ。

 雪のように白い肌に薔薇色の頬。リヒャルトの顔立ちなら白雪姫だって裸足で逃げ出すに違いない。

「ふふ、ふふふ」

  リヒャルト。リヒャルト。俺の綺麗な双子の弟。お前を水晶の水槽に閉じ込めて何千年と飾っておけたらどれほど素敵だろう。頬を染めて眠るお前の服を脱がせ、腕に段々と冷たくなっていく身体を抱きながら丹念に血抜きをする。こんな享楽はきっと他にない。

「ふっ、はは、」

  生きてるかどうかなんて元から関係ない身体だ。だったらさ、ねぇ。ホルムアルデヒドの匂いに酔いながら俺は笑う。ああ、なんて素晴らしい、夢のような夢なんだ。

「あっははは、はははははっ」

  バン。

  背後のドアが、強く開け放たれる。

 暗い穴ぐらに逆光が差した。

 

「ねぇ、一酸化炭素、吸ってみない?」

 

  ドアの人影に、俺は、笑い掛けていた。

 

 

****

 

 

「……何をいきなり。ストレートに死ねと言った方がよほど親切ですよ」

  しかもそんな狂ったように高笑いしながら、とこちらに来ながらリヒャルトが吐き捨てる。それを聞いてはっと我に返った。何口走ってるんだ、俺。

「あー…、ごめん。別に死ねって言ってる訳じゃなくて」

「大丈夫、貴方の言うことなんて話一割くらいにしか聞いてませんから安心して下さい」

  棚のガラスの密閉容器の一つをを手に取ってリヒャルトが顔をしかめる。

「…私もコレクションしてるものについては人の事言えませんが、これは流石に引く。何ですかこれ。てか何でさっきあんなに笑ってたんです」

「えーっとそれね…テトラマ体。ちょっと振ってみるとどっかに目が1ヶ所あるはずだから探してみてよ」

  お前の事殺してホルマリン漬けにしたいって欲求に駈られるままに妄想して笑ってました、とはいくらなんでも口にはできない。代わりに、それは確か19世紀に手にいれたやつだよ、と情報を追加してやると、テトラマ体の目を見つけたらしく、リヒャルトがうわ、とのけぞった。

「やっぱ悪趣味」

「毒薬集めが趣味のお前が言わないでよ……で、どうしたの?何か用事があったから離れまで来たんでしょ」

「そうでした。あなたの趣味を見に来たんじゃない」

  もう一度、ホルマリンに揺れるテトラマ体を眺めてからリヒャルトがガラス容器を棚に戻した。欲しい?と聞いたら要りませんと即答される。

「冷蔵庫の中身借りましたよ。昼ご飯作ったんですけど」

「わ、ホント?やった、リヒャルトの手料理なんてすんごい久し振りだ」

「一晩世話になりますからね。借りはその場で返したいので」

「相変わらず可愛くないなぁ。まぁいいけどさ。メニューは?」

「乾物のラック漁ってたらタリアテッレ見つけたんで、クリームパスタを。バターと牛乳と、冷凍庫のシーフードも失敬しました」

「あ、そう。あとで買いに行かないとかな。ちょうど色々切れてたし、午後から買い物行こうよ」

「何で私まで行かないといけないんですか」

「アルマーニの新作スプリングコート1着でどう。足りなきゃスワロフスキーのプラチナとアクアマリンのピアスもつけてあげる。欲しがってたでしょ」

「……行きます」

「そうこなくっちゃ」

  丁度俺も欲しかったところだし。なんだったらお揃いにしちゃえ。変なところで美意識ゆえに素直になってしまう単調な弟を愛しく思いつつ、じゃあ戻ってご飯食べよ、と肩を押して部屋を出ると、廊下の明るさが目に染みた。

 窓の先は家の裏で林だ。小高い丘陵地、街中を少し先に見下ろす高級住宅地の外れに構えたこの屋敷も一度リフォームが必要かなと思いはするが、未だ行動には至っていない。愛着か、はたまた面倒なのか。金はあるのに動けないところを見ると、この建物を案外気に入ってしまっているのかも知れない。

『お前は見かけによらず激情家だし、自分の気に入ったものへの執着は凄まじいな』

  幼い頃、飼っていたウサギを飼い殺してしまったとき、そんなことを当時保護者であったフランシスから言われた覚えがある。そんなつもりは全く無かったから驚いたが、もしかしたら今俺がリヒャルトに抱いている欲も、執着の表れなのかもしれない。

  え、でもそうしたら俺がリヒャルトを気に入ってることになっちゃうじゃんか。あれ?違うっけ。あれ?

「まあ、いいか」

  別にはっきりしなくてもいいのだ。よく考えたら元でも国である俺たちが一酸化炭素ごときで死ぬわけないんだし。リヒャルトをホルマリン漬けにするなら、まず一般人にならせなくてはいけないがそれは無理だ。そうだった、無理じゃん。

「あーあ、残念」

  ぽつり、と思わず漏らしてしまうと、前を歩いていたリヒャルトが振り返った。

「何ですか、いきなり」

「いや、何でもないや。それよりパスタなんて随分久々だよ。すっかり忘れてた」

「はぁ…?」

「早く早く、行こうよ。あ、でも食べる前に写真とろう。後でフェイスブックに上げちゃう」

  いいでしょ、と聞くと、怪訝そうな目付きが少し緩み、ちょっと顔を赤くしてお好きにどうぞ、と小さく言われた。おー、珍しい。リヒャルトがデレた。

  そうだ、別にいいんだ。一酸化炭素を使わなくても頬は赤くなるし、生きている方が色々な表情を見れる。いいじゃないか、そっちの方が。殺してしまったあとは単なる物でしかなくなってしまうんだから。

 

  ガラスに反射して、同じ顔、同じ髪色の俺と弟が映る。明日になれば帰ってしまうんだろうから今夜は家飲みにしようかな、などと機嫌良く考えつつ、俺とリヒャルトは保管庫を後にした。

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