フルーツタルト
親愛なる芋大福様。お誕生日おめでとうございます。・・・と言いつつ大遅刻。
美桜の無意識なのろけに睦月が気付いている話。拓斗君の存在お借りしました(2018/6/4)
「そう、そこで・・あーほら、お前ダマンドが雑なんだよ。綺麗に見せたいなら頑張りなって、これじゃあだまだまだよ、だまだま」
「分かってますよー、でもケーキ苦手なんだもんー。何つうの、この根気勝負みたいなさぁ、華が無いっつうか」
「だから技術とデザインで競うんでしょうが。不思議だよねぇ、焼き菓子は店出せるほどなのにケーキはだめだなんてさ」
「別にダメって程じゃないけど・・俺は単品の焼き菓子の方が好きなのー」
「シュークリームはあれだけきれいに作るのにねぇ。もういっそそっちの方が良かったんじゃないの」
「んなの何度も作って食わせたに決まってるじゃん。・・・レパートリー増やしたいんだよ、理解しろって」
ひたすらダマ潰せばいいんデショ、とふてくされる美桜は何というか、ちょっといつもより子供っぽい。「食わせた」なんていうけど、その顔はどこかくすぐったそうだ。
また明日から平日がやってこようかという日曜日の夜。自分専用に誂えた邸宅内の調理室で睦月は、美桜にタルトの指南をしていた。
幼馴染である美桜につられてお菓子作りを学び始め早8年。一応、睦月もそこそこ人に食べさせておいしいと言って貰えるくらいの腕にはなったが、幼少期からやっている美桜には未だに焼き菓子では敵わないでいた。しかし何故だかケーキの分野では目が出たらしく・・というかデザインの問題なのだろうか。見た目が華やかなフルーツタルト等では、たまに美桜より評判が良い事もあったのだ。だから阿呆みたいに練習した。とにかく、調理室にこもって作り続けた。幸い、『八神の御曹司の御作りになったお菓子』はメイドたちにも人気だったから処理に困ることは無くて・・今や、逆に美桜に教える立場にまで腕を上げたのだ。
さくさく、と隣でアーモンドプードルのダマを潰す音がする。恋、か。自分にはそういうの無いなぁ、と睦月はエプロンについた粉を払った。もしこの先恋をするようなことがあったら、自分もこんな風に相手の為にケーキを焼いたりするようになるんだろうか。翌日に食べさせてあげられるように、って前日の夜中に作ってみたりしてさぁ。お前、変わったねぇ、とは言わないでおいた。ぶつくさ言いながらタルト生地を練る美桜が、なんだかとても穏やかな顔をしていたからだ。
喧嘩をしているときの美桜は、何て言うんだろう、楽しそうなのは楽しそうなんだが、常に殺気というか殺意に押しつぶされないよう、獰猛さをちらつかせながらどこかいつも苦しそうだ。それが、この顔だもん。もう引退したおじいちゃんみたいな。恋人さんのおかげでぱったりと女の子とも遊ばなくなったせいか、高3らしからぬ変な色気みたいのも抜けたし。ちょっと、大人になった感じさえして、なんだか置いて行かれたような気分だ。
美桜の恋人さん―――あの子、最初は危ない子だなぁと結構警戒していた。常に自分の能力を張り巡らして、特に美桜と朔真には絶対にあの子の能力を触れさせないようにして。好奇心で大事な友達をぶっ壊されたら流石に困るしね、彼ら二人、夢だと言っても追体験したら確実に死んじゃいそうなことしか過去に起こってないんだもの。
だから美桜が、あの子を好きになってしまったかもしれない、という話をしてきたときは心底驚いた。自分だって一度、相手の能力に引きずられそうになったことがあったというのに。やっぱりみんな反対したし、特に進也が明日槍でも降るんじゃないかというほど大声で怒鳴ったりして大変だったんだっけ。でも美桜は、それでも別にいいんだ、と笑った。あいつに過去を見せつけられるなら、流石に腹括れるし、と。その時美桜は、とても“愛しいものを見る目”をしていた。・・・あんな表情を見せられては、皆、最終的には納得せざるを得なかったんだったか。
何か自分のプライドに関わるようなことをしたりされたりしているのか、あまり美桜は恋人さんとののろけ話をしたがらない。でもこうして夜中までお菓子を作っていたり――以前のシュークリームはシューが潰れたら怖いから、と朝一で焼いていたそうだ―――やたら赤い色のフルーツにこだわったりする辺り、相当に恋人さんの事を気に入っているのだろう。赤。美桜の、嫌いだった色。あたり一面を染めた血の色。・・・そして、恋人さんの髪の色。今、一番美桜が、虜になっている色だ。すごいやあの子、美桜の一大トラウマを自分の色で塗り替えてしまった。ずっと一人で解決できずに、記憶から消すなんて方法で対処してたっていうのにさぁ。今や必ず何のお菓子を作るにしたってドレンチェリーやクランベリーなど赤い色のフルーツを欠かさずに入れるようにまでなってしまったのだ。
「別に、俺が食べたいだけだもん」「甘いもの渡しておくとしばらく静かにしてるから」だなんて口では冷たい事を言っているが、意識してるのバレバレ。知ってる、案外面倒見が良いんだよね、お前。だから中学の時だって誰も近寄らなった芳成の元から離れなかったり、学校にほぼ通っていなかった朔真や進也を仲間に引き入れたりとかしたんでしょう。・・・お前は忘れてるだろうけど、お前のお母さんもそんな人だったよ。ちょっと突飛な奴ほど面倒を見たがる、そんなところがそっくりだ。
「・・・大分、ダマ無くなったっしょ。どうよ」
「どれどれ」
ほら、と美桜がボールの中身を見せてくる。ちょっとヘラで混ぜてみたが、なかなかにいい感じだ。
「カスタードとタルト生地は?」
「もう作って持ってきたー。冷蔵庫借りてるよ、中に入ってる」
「流石。じゃあ次はもう、焼きだね」
タルト生地を出して、型に伸ばし入れてフォークで軽く穴をあけ、クレームダマンドを流し入れ―――焼き時間の間にフルーツを、と思ったがどうせ美桜の事だ、明日の朝いちばんでやらないと気が済まないんだろう。もともと今日は泊っていくと言っていたから別に問題はないけれど・・・ふと、足元にビニール袋が転がっていたのを蹴りそうになった。がさ、と持ち上げる。中身はフルーツ。飾り付け用・・だろうけど、あらら、・・・ふふふ。
睦月はそっと袋の口をしばって、テーブルの上に置いた。邪魔だから移動したよ、とそういうことにしておこう。指摘したい・・けど、そうすると間違いなく怒るだろうから。んふふ、それにしてもねぇ。ああ、本当に可愛い男だよ、美桜は。
袋の中身は、恐らく百貨店の中の果実専門店で買ったであろう全く色味にムラのない赤りんご、そして真っ赤に熟れた佐藤錦だった。あとは色のコントラストに白桃、アクセントにクランベリーとアップルミントの葉。とんでもないね、ある意味バレンタインデー当日にハート型のチョコレートを贈るようなもんじゃないか、これ。
意味もなく赤いフルーツばかりを集めたんじゃない、きっと伝わることを期待していないひそかな意趣返しのつもりなんだろう。でもそれが反転、一大告白になってしまっているということにきっと美桜は気付いていない。・・・恋人さんは?あの子なら、きっと気付いていないか、気づいていたとしても何も言わないだろう。美桜を転がすことのできる数少ない人間の一人だから。あーあ、このケーキこそ、とんでもないのろけの結晶じゃないか。まったく、素直じゃないんだから。
「・・・何袋持ってニヤついてんの、気味悪いよ」
「んへっ、ああ、ごめん。ちょっと冷蔵庫前で蹴りそうだったから、フルーツの袋、テーブルの上に移動しとくよ。どうせここの部屋、僕以外誰も入らないし」
「なぁ、蹴りそうっつって蹴っただろ、絶対蹴っただろ」
「蹴ってないよ、心外な。食材を手荒に扱うのは僕も嫌いだよ」
「ふん、女王様がニコニコしてる時ほど恐ろしいものはないのでね、Queen of the Heartの前ではKnightでさえ平伏すしかないけど。でもフルーツ蹴ったら流石に謀反だよ」
「信用ないなぁ、というかチェスかアリスか、どっちかにしなよ。分かりづらいってそのたとえ」
「単なるクイーンじゃないだろ、首狩りくらいでちょうどいいよ、睦月は」
「うわ、酷い。あんまりそんなこと言うとダマンドに青い食紅つっこむよ」
「やーめーろどこのアメリカのケーキだよ、食欲削がれるわ」
一応人に食わせるものなんだしさぁ、とぶつくさ文句を言う美桜に、睦月はあはは、と笑い声を立てた。それにまた美桜がムキになる。まるでちょっとした茶番劇のようだ。
大丈夫、気づかせはしないよ。こういうのは自分で気付かなくっちゃあ面白くないものね。気づいたら、美桜はどんな顔をするんだろうか。案外ウブだから、少女のように顔を赤く染めちゃったりして、ね。
「んふふ、あははは」
「何だよもー、不気味だって」
「いやぁ、面白くって。ねぇ、ちょっと休憩しない?流石に作業しっぱなしで疲れちゃった」
「わー逃げた。訳分かんねぇよもう・・・」
言いながらエプロンを外して、三角巾も外す。いつかそこらへんに美桜が店を開いて、その試作品のお菓子をあの子が食べてる、だなんてそんな平凡で幸せな未来が訪れたりするんだろうか。災難の塊のような能力を背負った美桜が。あの子と支え合って、なんてねぇ。
「いいねぇ、実現したら」
「・・・は?」
いよいよ頭大丈夫?とでも言いたげな目で美桜がこっちを見て来たので、何でもないよ、と言い返す。少しお茶でも入れようか。焼き入れから荒熱取りまでまだ結構作業が残ってるし、たまには芳成から貰った煎茶なんか良いかもしれない。
カウンターキッチンの向かいの小さなテーブルセットにちょっとした茶菓子を出して、電気ケトルのスイッチを入れた。休憩込みでもあと1時間半もあればナパージュの仕込みまで終われるだろうか、と考えつつ、睦月は開けた食器棚のガラス戸に映る美桜の静かな笑みに、つられて小さく笑った。