top of page

お前が逮捕されちまえ!

 なりちゃの派生。真守君のお名前お借りしました。あと薄っすらジャックさんの存在も。

思いの丈をぶつけた。ベリエス、お前は・・・・。

 レオンハルト視点です。

 朝9時。クラウスはいつも通り8時には支度を終えてさっき稽古場に向かったし、フロリアンはこの時間だとまだ寝てるんだろう。カウンターキッチンの向こう、リビングスペースのソファーではローザが朝食のあとから寝こけているし、ヨハンとテオドールも今日はそろって朝早い出勤だ。となると。残るは一人―――いや、そのお嫁さん含めて二人、か。睡眠時間が屋敷一不規則な“旦那”ならともかく、“お嫁さん”の方が起きてこないというのは大変珍しい。昼食のラザニアの下準備をしながら、レオンハルトはどうしたんだろ、と首を傾げた。

 屋敷のオカン、と思われている自覚はある。だが住んでいるのはローザを除けば全員がとうに成人した野郎なのだ。家族ではあるが、生活にまで首は突っ込まない、というのが暗黙のルールではあるが、あの裁判官殿の事となると若干話が別だ。

 なんせ、無理をする。そしてなまじ体力がある故にそれが無理だとは自分では気づいていない。その結果3日くらいなら平気で寝ずに食事もとらずにいたりするし―――まあその点についてはお嫁さんが来て以来大分マシにはなったが、クラウスのような“最初から何か違う”訳でもないくせに、多分とにかく超が付く程の阿呆なのだ。“お医者様”なんかは平気で自分の弟や恋人の為に命を捨てるような真似をしたりもするが、アレはきちんと分かった上でやっているし、こっちが知る限り、自分で責任が取れる範囲でしかあの危なっかしい魔法は使っていない。が。問題は裁判官殿だ。自覚無しで子供のように突っ走る阿呆。いざという時の保護者というか代表者的な立ち位置にある人間がこうも無謀ではいけない。だからせめて飯を食うとか夜にちゃんと寝るとかそういうのはしっかりしてほしいのだが・・・

「ん、やっと起きて来たか」

 廊下、かすかに足音が聞こえる。“本業”から恐らく一番遠い位置に人生を置いている裁判官殿は、屋敷では普通に歩くのだ。“本業”一本で15年近くやって来た自分はどうしてもどこでも足音を消してしまう癖があるが、彼は任務の時以外は特にそう言った事はしなかった。・・・まぁ、医者は知らないが役者でもない限り、基本的に人間が一切物音を立てずに歩くことができるというのは結構奇怪な事であり、足音を立てて歩くのが普通なんだろうけど。体に染みつくほど訓練されていながらもそれを容易く日常と切り替えることができる―――全く羨ましいほどの素質だ。

 朝食はいつもサラダと軽く焼いたロールパン2つ、それにブラックコーヒー。仕方ない、準備してやるか、と買い置きのパンの袋を手に取ったとき、ドアを開けて入ってきた裁判官の髪型に思わずレオンハルトは反射で噴き出した。

 

 

 :::

 

 

 「ちょっ、え、何それ、その前髪」

 突然笑われて間抜けな顔で止まったベリエスが、ああ、これ?と不自然にぴょこっとなっている前髪をつまんだ。あれ、よく見たらヘアゴムで結わえられてるんだ、天に向かって前髪が。

 ソファーのローザを発見したらしく、ちょっと笑ってからベリエスがキッチンの方にやってくる。35歳、でこ出し。何もあざとくない。

「何、邪魔になったの?いい加減切りゃいいのにさぁ」

「違うよ、俺がやったんじゃないって。目が覚めてちょっとぼーっとしてる間に、愛しのお姫様にやられた」

「はぁ」

 朝っぱらから素で「愛しのお姫様」とか言っちゃうんだよね、親子レベルで年の離れた恋人を。流石、元歓楽街の帝王と呼ばれていただけあったというか何というか、やっぱりこいつ頭はいいけど阿呆だ。

 とりあえず事情を聴いてみる。

「ふーん、え、いたずら?随分可愛らしい事するねぇ」

「朝起きたてだと俺頭が貞子で、前髪で顔が隠れちゃうから、だってさ」

「へぇ。何かあんまりあの子、積極的に仕掛けに行くタイプだと思ってなかったから意外」

「ちょっと前からようやくねー。夜は結構すごいんだけど、基本的に根が真面目だから、彼」

「さらっと言うねェ。未だ遊び人時代の精神は健在ですかオニーサン」

「まさか。エロ可愛くてかわいくてカワイイお嫁さん一人で十分さ。それよりお前の方もどうすんの、ヨハンの事。テオドールが泣き喚いてたよ、弟を嫁にやりたくないって」

「それは・・・まぁ時間かけて説得するさ、あいつの事だ、いちにのホイですっぱり諦めてもらうのとか流石に無理だろうし、・・・・って何言わせてんだコラ」

 会話のノリでうっかりつるっと喋ってしまったが、自身が最近ようやく交際をの申し込みを受け入れてもらったヨハンとの関係は、ただいまそのブラコン兄貴のおかげで絶賛迷走中である。あいつだっていきさつは微妙というか特殊にせよ立派な彼氏さんがいるだろうに・・まぁ、血縁に固執したくなる気持ちはわかるけども。

 閑話休題、今はそんな話をしたいんじゃない。ベリエスが起きてきたことで新たに生じた不可思議。何故“お嫁さん”・・・真守君は起きてこない?

 そもそもこの時間まで彼が眠っているということ自体結構稀なのだが(前日夜にベリエスがいじめ過ぎたとかそういうのでもなければ)、それよりもっと不自然なのが「ベリエスが真守君を置いてきた」という事象だ。そもそもいつも朝はベリエスより彼の方が早起きだし、となると仕事以外でベリエスが真守君を置いてどこかに行く、なんてこと天地がひっくり返ってもあり得ないのだが。何故?

 と考えたところで、ふと一つの可能性を思いついた。真守君のいたずら。それをみすみす許したベリエスは、低血糖気味なせいか普段朝は機嫌が悪いことも多い。そして、そのベリエスのやたら不気味な笑顔。もしかして。

「・・・お前、もしかして真守君に何かして放置してきた?」

 たまに見せるその笑顔。何か企んでいる、顔。

 ベリエスが、朝の清々しい空気に似合わぬ凶悪なほどの色気を滲ませながら、こっちを見つめて一言。

「前髪上げてもらうっていいねぇ。視界広がるし、一石“二”鳥だ」

「・・・」

 二羽目の鳥は一体何のことなのか。考えなくても想像がつき過ぎて、思わずレオンハルトは溜息を吐いた。

 ロールパンが焼ける香ばしい匂いがする。

 

 

 

::::

 

 

 

「・・・で?一応聞くけど、一体何して来た訳、未成年のいたいけな少年に」

 皿に出したサラダにプチトマトを添えて、パンと一緒にカウンターの向こうに差し出す。にこりと笑ってありがとう、と受け取った男は、先ほどの不気味さなどまるでなかったかのように、無害な30代へと雰囲気を一変させていた。

「んー、ちょっと火をつけてきただけ。お仕置きに1回イかせちゃおうかって思ったんだけどね」

 の割に言っていることはとんでもない。待て待て待て。

「あー、その時点で十分犯罪者だし恋人としてもどうかと思うけどまぁ、いちおう続き聞くわ。何、それで?」

「そしたらね、あの子“朝ご飯食べなきゃだから、だめ”ってそう言うんだよ。俺がきちんと食べないのはだめだからってさぁ、とんでもない事口にして必死に拒んでるの。もう可愛くて可愛くてそのまま突っ込んじゃおうかと思ったんだけど、流石にそれは酷だからね、代わりに胸とか下腹いじってから寸止めにして置いてきた」

「置いてきたァ!?寸止めってちょ・・おま、あの子だってちゃんとした男だろうに・・」

「知ってる。だからそんな状態でいいの?って聞いたよ。そしたら一人で何とかする、っていうからさ」

「無理だろ・・・てか無理ってちょっと考えれば分かるだろうに・・・」

「うん、そんで出てくるときに部屋の隠しカメラの録画スイッチ入れてきた。多分気付いてないから、ばっちり撮れてると思う。楽しみだなぁ確認」

「・・・もしかしなくてもお前、確信犯?」

「そうだね!まーでもほら、あの子自分が悪いって思って今必死に頑張ってるだろうからさ、ふふ、可愛いよねぇ、本当に」

 あ、これおいしー、とパンにかじりついているその無駄に端正な顔に淹れたてアツアツのブラックコーヒーをぶっかけてやろうかと思ったが、凄く我慢した。ものすごく我慢した。分かってる、もう19年は一緒に生活してるし何度も夜の街で一緒に遊び呆けてたりしてたからこいつの性格はよく分かってるけど。それにしても酷い。というか、大人げが無さすぎる。

 自分の分のコーヒーにミルクと砂糖を加え、カップを二つ持ってレオンはテーブルに向かう。黒い方をベリエスの置いて向かいに座った。

「お前さぁ・・・いつか嫌われるよ、絶対嫌われる。真守君だってふざけてみただけなんだろうし、何もそこまでえげつない事しなくても・・」

「そんなの知ってるさ、というか、俺だって本気で怒ってそんなことしたわけじゃないし」

「じゃあ何でよ」

 事と次第によっては暫く隔離、だけど。しかし、薄っすらとした予感を遥かに飛び越え、首をかしげてベリエスは衝撃の一言を続けた。

「ほら、俺、いつもあの子の事基本甘やかしてるじゃない」

「え、・・・まぁ、そうだね」

「でしょ。だからたまには、ね。飴ばっか与えすぎてもダメだろうからさ、要はあの子が俺に飽きないためのスパイスのようなものだよ」

「なっ・・・・」

 ぽい、とパンの一口をベリエスが口に放り込む。口の端を指先でぬぐう姿が、無駄に色っぽい。

 思わず空中で止めてしまったマグカップを、レオンは口元に引き寄せた。

「飽き・・・るかよ、あの子が?そんな子じゃないと思うんだけど、そんな遊びっぽいようなさぁ」

「うーん、こればかりはお前に言っても分かってもらいにくい感情かもしれないけどね、この年であんなに若い子とお付き合いしてると怖いんだよ。いつ、同年代の女の子に取られるか分からないもの」

「あ・・・」

 テオドールにも聞いてみたら、とベリエスが二つ目のパンに手を伸ばす。年の差。確かに、あの変態メディックの恋人さんも一回りは年下だったか。

「まぁ、俺の場合は“一から十まで”最初から彼に教え込んだからね、早々どっか行っちゃったりはしないだろうけど――彼自身、そんな性格じゃないし。でも、あの子が若いからこそマンネリ化は防ぎたいでしょ。もっともっと、夢中になってもらわなくちゃあ」

 10代じゃ知りえないようなちょっと過激な方法使ってでもね、とベリエスが笑う。大人げが無い。その裏返しは、・・・多分、ベリエス自身、余裕がないということだ。ああ、何だよ、ただのノロケ話じゃねえか、こんなの。

「つまり、お前の方も真守君に夢中と、そういう訳ですか」

「そういう訳ですね、だから芽は生える前兆の時点で潰しておきたいんです。可能性はゼロに近ければ近いほどいいからね」

「・・・」

 一昔前のベリエスは、やっぱり自分自身が結構モテていたせいか相手に関しては放し飼い上等だった。来るもの拒まず去る者追わず。去られたところで引く手あまただったからか、別に去られようが何だろうがどうでもよかったらしい。それが今や――年齢の半分ほどの年の子相手に、30代の本気である。もう去る者を追うどころか幾重にも檻をかぶせて飼い殺しにする気満々だ。こりゃもう、流石に真守君に同情する。キミ、とんでもない男を捕まえちまったんだよ。どうすんだ、こんなの。

「はぁ、もう手に負えない。つかいくら何でもエグい。二回目忠告だけどね、あんまりやりすぎて嫌われてもホント知らないからね。」

 いい加減にしてやれよ、の意味を込めて溜息がてらサラダのプチトマトを一つ奪う。口に放り込んで歯を立てれば、いい弾力でぷちんとはじけた。あ、甘い。だったら残り二個、こいつが食べる分くらい酸っぱいのが当たっちまえってんだ。

 取られた、と少し寂しそうな顔をしたベリエスが、パンからフォークに持ち替えて、ざくっとロメインレタスの葉を突き刺す。まぁいいんだけどね、と、穏やかな笑みで持ち上げたレタスの葉から滴るシーザードレッシングの、白。

 

 

「・・・飼い殺したところで、彼の亡骸ごと俺も心中して一緒の墓に入るつもりだし」

 

 

 

「・・・・・・・・・・怖ッ!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 ああ、朝に聞くんじゃなかったこんな話。いくら何でも怖すぎるわ、もはやどこぞのブラコンもびっくりな執着具合じゃねぇか。ああ、狂ってる。完全にイカれてる。なまじクラウスやフロリアンのようにちょっと不思議な奴よりも、いかにも真面目でまともに見えるこいつのような男の方が中身がぶっ飛んでたりするってのはまさに本当の事なんだな、ああ怖い怖い。

 うへ、と今頃寝室で一人苦しんでいるであろううら若き少年に、レオンハルトは祈りの十字を切る。ああ、神よ。どうか少年に加護を与え給え。こんな悪逆非道の変態裁判官から、頼むから守ってやってくれ。パンをほおばりサラダを完食して食後のコーヒーまで飲んで至極満足そうにごちそうさまをした35歳の男は、とびっきり上機嫌そうな笑顔で席を立った。そのまま食洗器に食べ終わった後の皿を放り込み、鼻歌まで歌いながら去っていく。・・・多分、今日は夕食まで出てこないな。その間・・・ううっ、想像しただけでも恐ろしい。あーーーー、可哀そうに!きっとこんな腹黒い策を巡らせてるなんて知らず、きっとあの子は必死でベリエスの意地悪に応えるのだろう。もうやだよ俺、見てらんないよ。

 がっくりと肩を落とした時、むくり、と向こうのソファーからローザが身を起こした。背もたれから顔だけをのぞかせて、こちらを見ている。

「・・・どーしたのレオンハルト、なんかこう、しょうすい?しきってるね」

「ローザ・・・アップルパイでも作ろうか」

「えっ?え、アップルパイ?パイシート、あるの?」

「パイシートなんざ無くても作れます」

「やったぁ!!!」

 ああ、なごむ。お前はいつまでもそのままでいてよ、ローザ。お手伝いする!と寝ぐせ爆発でぴょんぴょんやって来るローザを見て、ベリエスにだけは絶対にアップルパイは食わせねぇ、とレオンハルトはひそかに決心したのだった。

 

 

 

 

 

End.

bottom of page