僕は女王だから
Log Outersの過去話第一弾は乖離の女王こと八神睦月。
何でみんなが転校することになったか、というお話。
「なぁ、八神ってあの佐竹とか長谷川とか、あと三浦とかとつるんでんだってよ」
「うへっ、あのヤクザとヤリチンコンビと?マジかwww」
扉を開けたなり聞こえてきた言葉に、思わず僕は足を止めた。
陰口を叩かれているのは知っていた。女王なんて不名誉なあだ名がつけられていることも。
「あの金髪、染めてんじゃね?先生も何も言わないけどさ、アレ、結構ヤバいことやってるけど親が金で黙らせてるらしーぜ」
「うっわwww流石金持ちの坊ちゃまwwwやり方が庶民とは違いますなwww」
ただ。この日のこの時。タイミングが悪かったのだ。
所属していた生徒会の仕事が終わらずに苛立っていて。
丁度いいからと教師から無茶な手伝いをさせられた後で。
されど、『優等生』の僕に断る権利などあるはずも無く。
「しかもさ、八神って隠してる方の目、赤いんだってよ。気持ち悪ぃよなー」
混雑した更衣室。朔真の手を引いた僕は、その一言を聞いた瞬間、脳内がぱっと白く燃え上がるのを感じた。
まるで硝化綿、フラッシュコットンが燃えるように。
吐き気のするような喧噪の中。
「ねぇ、どういうことかな、それ」
僕は、衝動の赴くまま「それら」に近づく。
前髪を、掻き上げた。
「ねぇ?」
へらへらした笑顔が振り返り、すぐに凍り付いた。
ほら、ね。でも君らは知らない。だから、これから知るんだ。
僕を侮辱したらどうなるか。僕を、馬鹿にしたらどうなるか。
片側だけ赤い瞳は遺伝だ。父さんもそうだったし、おじいさんもそうだった。
八神家の、誇り。
それを馬鹿にしたのだから。
「ねぇ、誰が?気持ち悪いって?僕が?」
僕は、「それ」に近づく。近づきながら、朔真の腕を引っ張って無理やりこちらを向かせた。
「睦月、待て、まさか」
「朔真、ちょっと“借りる”ね」
言争部の規則違反?そんなの知らない。
「・・・発動、【無】」
怯えたような朔真の顔。震える細い手を引ったくり、能力を“奪った”。
にいっ、と、僕は笑う。笑って、高らかに唱える。
「発動、【削】ッ!!」
規則なんてもの、僕には関係ない。
規則があっての僕?馬鹿を言うな、僕のあとに規則ができるんだ。
背後。
大きな悲鳴。
野太い声。
朔真の能力【削】を用い。
連続して、切る。斬る。削ぐ。
「あはは、あっはははは」
腕を広げ、振り返った。
「あっははははははははは!!!!!!ああ、楽しい、楽しい?うん、僕は楽しいよ、だって君たち、まるで血祭なんだもの!!!!」
白いジャージが、真っ赤に染まっていく。立つことすら能わず頽れた数名の男子生徒は、全身をまだらに赤く汚し、口から血を吐いて這いつくばっていた。
やがみ、とそのうちの一人が小さく言葉をこぼす。
その筋張った喉を、蹴り上げた。
「ぐ・・・・・ッ!!!?」
もんどりうって悶絶する、男子。こいつだ、さっき僕を、僕の右目を気持ち悪いと言ったのは。
・・・ああ、許せない。許せるわけがない。
削ぐスピードを、加速させた。
悲鳴が、大きくなる。やめてくれ、助けて、痛い、怖い。
ほざけよ、ゴミが。
「ああ、そうだよ、君たちはそれでいいんだ。僕にひれ伏しているくらいで丁度いい。並び立とうだなんて、まして僕を貶めようだなんて来世になっても君たちにそんなことは許されないんだ。部を弁えろよ、このクズ共が!」
ぱしゅ、と血が頬にかかる。それを拭いながら、僕は笑って見せる。ああ、女王か。これが言ってた戯言だけども、案外悪くないのかもしれない。僕は、女王か。誰もがひれ伏す女王なのか。
「いいね・・・悪くないね・・・・女王、そう、そうだ、僕は女王だ」
ざぱっ、と、奥の男子の首から血が噴き出た。近くに立っていた生徒の足にもろに被り、腰を抜かして転び、その先もまた血の海。悲鳴を上げて、後ずさった。それが愉快で愉快でたまらない。
ああ、この言いようもない興奮は何なんだろう。床に広がる数人分の血だまり、重なり合う死体の生り損ない。
気絶しそうな快楽に、笑いを漏らしながら思わず眩暈がする。
「ははっ、そうさ、君たちはそうして死ぬといい!ほんの一瞬でも僕に勝てるなど、そう考えたこと自体が愚かだったと後悔しながらね!あはははっ、あっはははははは!」
見えない刃に肉体を削ぎ取られながら、やがて致命傷を負ったものから順に、息絶えていくのを感じた。僕自身返り血で制服も服も髪も真っ赤。周りの生徒は、異様な光景にみな能面顔だ。
「睦月・・・おねがい、もう、やめて・・・やめて・・・・!」
真っ青な顔で涙を流しながら、朔真が縋りついてくる。僕はそれを無視して、高笑いしながら死体を切り刻み続けた。
何もかも、全て壊れてしまえと。
僕の思い通りにならないなら、壊してしまえと。
騒ぎを聞きつけた教師たちが、更衣室に駆け込んできた。その安堵からなのか、嘔吐するような音がする。
「八神、お前何を・・・!!!」
「押さえろ、とりあえず押さえろ!!」
「でもどうすれば・・」
「やめさせるのが先だ!!!」
屈強な体育教師に両脇から取り押さえられ、僕は黙ってそれに身を預ける。別に朔真の能力は体を拘束されたところで使えなくなるわけではないのだ。
頭上の顔、軽く削いで頬に傷をつける。
「八神・・・・ッ!!!??」
パニック状態の更衣室の中、僕だけが一人愉快だ。
泣き叫ぶ朔真を置き去りに、僕は笑いながら、教師たちに引っ立てられるがまま歩き出した。