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父親と教師

細川親子の現パロ・学パロ。血は争えない、という話。忠興がやり返されるターン。

******

 

 

「はい、それではテストを返却しますよー。問題文持ってきてますか?」

 チャイムが鳴り終わった教室。騒ぎ出す生徒たち。今朝、朝食の席で、今日の授業は出ていくんじゃないぞ、と謎の釘を刺されたのはこのことだったのか、と、不愉快ながらも細川忠興は納得していた。

「だって先生、現代文って最終日でしたよ?もう採点終わったんですか?」

「まだ二日しか経ってないじゃん」

「先生早すぎー」

「いえね、できたら最初の授業で返したいなーと思いまして、昨日頑張ったんですよ」

 見たくないよー、だなんて声が飛ぶ。ああ、不愉快だ。とても不愉快。

 俺と話すときより、数段明るい顔しやがって。

 悋気などという可愛い感情ではない。忠興のいら立ちは募る。

「じゃあ、名簿順に取りに来てください。・・・あ、いくら点数がショックでも騒がないように」

「先生ひでぇ!」

 あのうるさい生徒・・・確か、赤点常連組だったか。国語の考査など、簡単なものなのに、と忠興は思う。あんなもの、教師が何を言わせたいのかを考えれば、あっけなく答えは出る。ちょっと勘がよければ、勉強せずとも8割は余裕でとれるのに。

 つまらないのだ。この簡単な考査という仕組みが。教師がどこを出したいのか。何を理解させたいのか。そこさえ勉強すれば、いやでも点数は取れる。

 

「だから、な」

 

 今回は、少し遊んでみた。父親の作った問題を、敢えて解かない、という酷く幼稚な方法で。基本的にどの科目でもテストで空欄を作ることがない忠興が、大問一つ、綺麗に空欄にしたとなれば、あの父親でもさすがに驚くだろう。そう思ってのことだ。藤孝の考えそうなことなど、手に取るようにわかるから。担当した問題を見つけるなんて朝飯前だ。

 その意図に気づかれていない、とまでは、思っていない。別に、アレの狼狽える姿が見たいとかいう訳ではないから、そこらへんはどうでもいいのだ。むしろ、歯噛みすればいいのに、と思う。自分の作った問題だというのを知っていて、ワザと解かなかったんだな、と。

 先ほどから、ちらちらと視線が投げかけられているのは分かっていた。気になるんだろう、きっと。ざまぁ見ろってな。さて、どんなお叱りの言葉が来るのやら。

 そろそろ20番台も半ばに差し掛かってきた。そろそろいくか、と忠興は机上に問題用紙を出す。

「おい細川、次お前―――」

「分かってる」

 親切心からか、声をかけてきた隣の男子の言葉を遮り、忠興は席を立った。

 

 

 

「はい、じゃあ忠興君」

 にこり、といつものような笑顔で答案を渡される。点数が周りに見えないように、という配慮だろう、軽く二つに曲げてあった。

 無言で戻ろうとする。忠興の次の名簿の生徒が同じように答案を受け取るのを、見て、あれ?思わず声が出る。

 そのまま答案を受け取る生徒が続き、それを見続け、あれ、と忠興は訝しむ。どうしてだ。藤孝は、他の生徒には答案を折って渡していない。開いたまま、正答例と重ねて、普通に渡している。

 一体何がしたいんだよクソ親父、と、とりあえず席に戻る。席について紙を広げると、これは他の生徒と同じように、答案の上に正答例の紙が載っていた。

 何だろう。ふざけたのが癪に障って、俺だけ強烈に厳しく点数付けたとか?いや、んなことしたなら国語科準備室に抗議してやる、っていうか、他の教師に採点し直してもらってやる。

 正答例を少しどかす。点数は?

「・・・あ?」

 正答例を見て、配点を確認する。藤孝が作ったと思わしき問題は、計15点。点数は、85点。綺麗に解かなかった部分の点数のみが引かれていた。

「じゃあ、なんだよ」

 苛立ちが更に膨れ上がって、乱暴に正答例を払いのける。床に落ちたが気にしない。それにビビったらしい隣の男子生徒がこっちを見つめてきていたが、それも気にしない。忠興は、眼前の光景に、それどころではなかった。

 

「・・・あの、野郎」

 

 思わず、ぎり、と歯を噛み締める。やられた。これは、酷い。

 空欄にした部分には、細い赤字で全て解答例が書かれていた。あげく、その他の問題の徳に記述部分には、非常に細かく添削がなされている。

 

「くっそ・・・・」

 

 解かなかった問題以外は、一応全て正解だった。だが、ここの言い方が幼い、だのここの部分が抽象的過ぎる、だの、あれこれともはや難癖に近いようなことがこまごまと書かれていて、忠興は藤孝へ殺意に近いものを抱くと同時に、その添削の的確さに、自分の解答の甘さを痛感させられていた。

 元来忠興は、学問や教養などには真摯に向き合う性質である。純粋に国語の師としての父親の添削を尊敬すると同時に、それでもやはり湧き出てくる、父親への憎しみというか悔しさに、心が翻弄され切って、まとまらなくなっていた。

 

「あれ・・・・」

 

 ふと、正答例の裏側に何かが付いているのを見つけた。ひっくり返してみると、藤色の付箋である。

 何かが、書いてあった。読んで、思わず紙を引き裂きそうになった。

 

『やるんだったら、全教科完全白紙くらいやってみろ。流石のお父さんでもそれをされたらビビるぞ。放課後、国語科準備室に来なさい。たまには構ってやる』

 

 全教科白紙。つまり、その回のテストを、全て0点にするくらいのことをやってみろと、父親である以前に教師が言っている。

 

「猫、被りやがって」

 

 一人、吐き捨てる。教壇の父親を睨み付けると、目が合った。

 

 

 にこり、と、笑われた。

 

 

 普段、忠興は性格が悪いと言われることが多い。そして、父親である藤孝はあんなに穏やかで優しいのに、とも陰で囁かれていることも知っている。

 が、忠興はそうとは思わない。父親への嫌悪を差し引いたとしても、あれの性格がいい、だなんてことは断じてない。むしろ、あんなやって猫を被って穏やかなふりをしている藤孝の方がよっぽど性格が悪い、とさえ思う。普段見せない本性はもっとずっと鋭くて、悪い意味でも賢いのだから。

 たとえば、藤孝が地下に張っている教師間のネットワークなど、その規模は計り知れないし(国語科に全く関係のない化学の島津義久先生とよくつるんでいるのがいい例だ)、結果、大量に教師に関する情報を得ているようで、うまく相手に悟られぬよう飴と鞭を使い分け、言葉一つで相手に便宜を図らせていることも度々あるというから恐ろしい。ともかく、アレの性格が悪い件については保証してもいい。悪い。

 しかも、放課後の国語科準備室を指定してくるあたり、周りの教師の目を気にさせてあまりものを言わせないつもりなのだろう。忠興としても、下手に教師の心証を悪くするような真似はしたくないから、そこに持ち込まれればどうにもならない。どうせ乗っていけと言われるのだ、帰りの車内は紛糾することになるのだろうな、と、今から気分が悪くなった。もう最悪だ。

 

 口だけで、ばーか、と言ってみる。読めたらしく、何か返してきた。恐らく、

 

「お前もな、ってか」

 

 ああ苛々する。やっぱり答案が返却され次第教室を出ていけばよかった、と忠興は今更ながら後悔した。

 時計を見上げる。授業が始まって約30分。残りは25分。もう、今からでも構わない。

 忠興は答案をまとめて机の中に突っ込むと、乱暴に椅子を引いた。

 ざっと、教室中の視線を集める。それらをすべて引き千切るように、忠興は一言言った。

 

「体調悪いんで、保健室行ってきます」

 

 教壇の上の父親。ふっ、と笑われた。暗く暗く、こいつは闇に潜む化け物だ。

 日の当たるところだけが美しいのだ。皆、そこしか見えていない。

 

「・・・そうですか。無理はしないで下さいね」

 

 優しげな言葉。

 ねめつける。空気が凍えていくのが分かる。

 

 

 

 いろいろと無視をして、廊下にでる。隣のクラスは生物の授業らしい。静かだが耳障りな、無人の静寂。

 

 忠興は一つ舌打ちをして、保健室へと足早に向かった。

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