
In Each Case
Case4 藍原誠の場合
「君が幸せになれなくても、俺が幸せならいいじゃない。人のため、なんてことは大体実らないものだからね」
バーのオーナー兼バーテンダー、藍原誠の場合。
こういう時、意外と部屋の温度は高めの方が正気を奪うにはもってこいだったりする。組み敷いた相手の服を捲り上げ、片足の上に乗ってしまえばもう足での抵抗は封じれたはずだ。けれど、なかなか元気だね。腕を押さえつけてもなかなか上半身の抵抗が激しい。
「もう、明日、仕事なのにっ」
「やだなー、僕だってそれは同じだよ。ていうかこっちも仕事終わりなんだからさ」
疲れてるんだからあんまり暴れないでよ。まずは戦意をそぐのが一番かな、と手始めに俺は軽くベッドに倒した相手の頬を叩いた。
暴力なんて、決して褒められるものだとは思っていないけど。ただ人を服従させるには結局これが一番早いわけだし、想定した方に進まない方が悪いと思うんだ。それに、なんだかんだ皆俺の顔が好きなんでしょう。俺がダメな男だっていうなら、そんな男にハマる方も悪いって話で。
バーテンダーという職業柄、色々な女性に見初められることは多いし積極的に誘われることも多い。の割には、一回で怯えられてしまったり逆に彼女面されたりと、応じたら応じたで面倒事に発展しがちだ。ま、前者は適当に動画でも取れば繋いでおけるし、後者は首でも絞めればすぐに魔法は解ける。それに比べてこの子、なかなか折れないんだよね。当たり所が悪かったのか鼻血が出てきちゃってるけど、目がまだ死んでない。だからかな、聡とかが良く言ってるけど制圧欲に駆られるというか、単に性欲を満たすだけでは得られない欲が湧いてくるのだ。
その折れない瞳が折れる瞬間。それはまた殺されることを悟った目とは違うのだが、ことに繰り返される恐怖を理解した顔はなかなかに満足感が得られるものである。だから、こうして、ね。涙の滲んだその横顔に、そっと囁く。
「肩、外してみようか」
あは、と。筋を傷めない程度に関節を捻り、体重をかけた。ひゅ、と相手は目を見開いて喉を鳴らす。悲鳴が出るな、と思ったので、先に手で口を塞いだ。
「あっ、―――――ッ!!――――――っ、ン!!」
「はーい静かにねー。大丈夫、折った訳じゃないよ。痛くてもちゃんと元に戻せるから」
か細くて白い腕。笑顔を向けて、今度はゴリッとお相手の肩を嵌めなおした。一応習っておいた護身術がこんな場面にで役に立つとは思っていなかったが、効果は抜群らしい。そう、骨折と違って脱臼は“やり直せる”。何度も痛みを与えられる想像というのは、人間にとってかなりの恐怖らしい。所詮、脳内伝達物質のいたずらでしかないというのに、全く愉快な事である。
相手は、泣き出した。とはいえ声を上げるにはショックが大きかったのか、ただかたかたと震えながら涙をこぼすだけだ。うん、その表情はやっぱり誰でも素敵だよ。場の上下関係を理解した目。
抵抗はなくなったので、もう大丈夫だろうと俺も自分のシャツのボタンに手を掛ける。左手で前を開けながら、右手でタイを外した。しわになってもまぁいいか、どうせ洗濯すれば全部同じだし、床に投げ捨てる。
「いい子だね、静かにしてれば痛くはしないから。でも暴れるんだったらまた外しちゃうよ。・・・痛くすると締まる子もいるしね、嫌だったら不用意に騒がないで」
こくこく、とうなずくその子はそれでも俺の囲う人間の中じゃあ不思議な子だった。分かってるんだ、そうは言っても君、どうせ明日になれば平然としてるんだろう。人並みに痛いのは怖がるくせにね。
まぁいい、つまりそれは何度でも楽しめるという事なんだから。店じまいの後だけど、明け方まではまだまだ時間がある。とはいえ脱臼も繰り返すと腱が伸びて戻らなくなってしまったり、肩関節の軟骨に大きい損傷が発生してしまったりするようなので、気を付けないと。告訴されない程度に楽しい夜を過ごそうじゃないか。
良かれと思ってしたことが、裏目に出るってことはよくある。俺の場合、どうもやり口がマズいことが多いらしく、結論として誰かのために何かをする、という思想を捨てた方が早いと理解したのは中学に上がりたてくらいの頃の話だ。
顔が良ければ。成績が良ければ。普段の生活態度が良ければ、ある程度の横暴だって王者の我が儘として許される。揉め事の原因を相手に押し付けるような真似はしなかった。そんなことしなくても、振り返った道がいかに血と非道に塗れてようが、勝手に周りが俺を正しいと言い始めるからだ。
ちょっと顔が気に入った高嶺の花の先輩も、こちらが少し微笑めば平然と男を捨ててやって来る。それで男どもに非難されたって、「だってあんたと藍原君なんてくらべものにもならないじゃん」と勝手に女が言い返してくれるから。それで女に飽きて捨てたとしたって、俺は非難されないのだ。皆、「彼氏乗り換えたような女、藍原君に捨てられたって当然だよね」と女の方を責めるから。
おこぼれを適当に投げてやれば、友達のようなものだっていつも絶えないのだし。人生楽勝、だなんてそんなことは思わないさ。だって、これは全て俺にとって“当たり前の日常”でしかないのだから。
難しい事ではない。ただ人より少し口が上手くて、笑顔の作り方が上手なだけ。殺した烏をみて母さんは喜びはしなかったけれど、その分新しいものの見方を得られたという意味では感謝はしている。それで今も、まぁまぁ楽に食っていけるくらいには安定した収入だって得られているわけだし、いい同居人たちにも巡り会えたことだし。精神鑑定?だめだめ。俺は雅人とかと違って、嘘は苦手なんだ。だから、節度は守って。それに起訴されたりしちゃったら、シェアハウスから追い出されちゃうからね。
興が乗ってきたのか、腕を外されてしばらく茫然自失としていた相手も段々善がり声を上げる様になってきた。品のない女とはちがうこの控えめな態度も、気に入っているポイントの一つだ。ま、あんまり手出しできないのが残念ではあるけど・・そこらへんは、適当に店に来る常連の中から選んで見繕えばいい話だし。ホント、みんな馬鹿だなぁと思う。殴られてまで抱かれたいだなんて、そんなのどっちが気狂いなのか分からないじゃんね。
「ほら、もっと頑張って。今日はあんまり酷くしたい気分じゃないから、ちゃんとしてれば優しくするよ。一緒に気持ちよくなろう、ね?」
頭を撫でてやりながらそう問いかけると、その子はまた小さく震えてから頷いた。そう、それでいいんだ。俺だって別に、進んで手を上げたい訳じゃないんだから。暴力はあくまでも手段であって、目的ではない。だから、そこらの安いDV男と一緒にしないでよね。
涙の綺麗なその子と一緒に、俺は午前2時、シーツの海へと沈んでいった。