落ちてたのは、
あたしだったんだ
幸田雅人という男の一面。メゾン・アイリスのサイコパス共の中でもこういうタイプ。
あくまでも雅人は「隠した方がいいと思う部分は弁えている」男なので、本人は最終的に自分の行動は全部正しいと思ってます。過程はともかく。
全員悪意はないんだよ。
ブラのホックを留める。まだ体の奥が熱い。公立の学校じゃあり得ないんだろうけど、このインペータイシツなウチの学校じゃ、先生と生徒だって単なる男と女だ。多分、あたしはこの幸田先生の一番のお気に入り。もうこうやって隠れて会うのだって6回目になるもん。
幸田雅人先生、日本史の担当だけど水浦第一校じゃあ結構イケメンな方だ。まだ32だとかで、全然若いし。というか、生徒とこんなことしてるなんて思えないくらい、幸田先生は誰にでも優しいし、生徒思いないい先生だった。だからそれがなおさらあたしの優越感を、引き立てるの。
そんな聖人みたいな先生だって、あたしの体には溺れちゃうんだ、って。他の女子とは違う、一段階大人な扱いみたいな。だから、今日あたしは先生に聞こうと思っていた。あたしたち、付き合ってるんだよね?次、休みの日デートしようよ、って。
幸田先生は、制服を着なおしているあたしを見ながら、缶コーヒーを飲んでいた。カフェオレだって、甘いの好きなんだ。薄ピンクのシャツをよく着てたり、結構かわいい所もあるんだよね。
シャツを羽織る。ちょっと、ドキドキする。あたしは、窓辺の先生に話しかけた。そして、聞いた。
「何、どうしたの突然。」
笑った先生が続けて言ったのは、
言ったのは。
「え・・・・」
あたしの身を凍り付かせるのに十分なくらい、耳を疑うような一言だった。
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幸田先生は、優しい笑顔のままで言った。
「誤解させたら申し訳ないけど、俺は君と付き合ってるつもりはないよ?体以外の目的は最初から無いけれど。」
「え・・・待ってよ、だってもう6回目じゃん!しかもあたし、先生としたのが初めてだったのに」
「あー・・・、まぁ、こっちも初めての子が相手だと気ィ遣うから、そこらへんはおあいこって事にしといてよ。そこで自分本位に抱く程外道じゃないしさ、俺」
「はぁ!?や・・・、だって、そんな・・・」
甘ったるそうなカフェオレの缶を両手で持って、幸田先生は、笑う。その笑顔に、あたしはめまいがした。信じてたのに。そんなこと、先生の口から聞きたくなかった。だって、優しい、幸田先生でしょ?
まるで別人のようなセリフに、悲しみより先に何だか怒りが湧いてきた。結局、利用されてた、みたいな。いつもの先生とのギャップに混乱しながらも、あたしは“そういう時にみんな言う”らしい、あの言葉を口にした。
「でも、学校に知れたら先生ヤバいじゃん。あたしが無理やりされたって言ったら、先生チョーカイメンショク、でしょ」
大概こう言えば、先生とかはみんな黙るって。しかも、そうやってアクセとかバッグとか買ってもらった子だっている、って。そう、聞いてたのに。先生がスマホを触って見せてきた画面には、あたしの、あたしの、動画が。
「・・・!!や、ちょっと!!消してよ!!ねぇ、いつ撮ってたの!!?」
「ふふ、ダブルピースなんてフィクションの世界の話だと思ってたけど。ねぇ・・デジタルタトゥーって言葉、知ってるかな。所謂、ネット上に一度出回った黒歴史って消えないって話。これで軽率なことしちゃった若者が沢山苦しんでるって、現社の松永先生とも最近話をしてたばかりでね」
ぱち、と先生がスマホの画面を消して胸ポケットにしまった。
「例えば深層ウェブで情報ごと売っぱらったりすれば、本物の女子高生ともなればかなりいい金額で取引されるんだよ。被写体になった子の身の保証は一切ないけどね」
「何それ、何、そんなの犯罪じゃん!」
「そもそも未成年に手ェ出してる時点で俺も犯罪者だから、一つや二つ罪が増えようが別に。殺さなきゃ極刑はまずないからね、模範囚ともなれば数年で出所できるし」
「は・・・、なに、それ・・・・」
先生、いつもと全然違う。ねぇ、何これ。怒りなんてすぐ消し飛んだ。怖い。先生、いつもみたいにすごい、笑ってるのに。全然笑えないよ、だって、何でそんな手馴れてるみたいなこと言うの。
ぞわっと背筋が冷たくなって、あたしは急いでブレザーを羽織った。先生は、それよりも、となんてこと無い顔であたしに缶ジュースを手渡してくる。
「だからさ、我が儘言うより、もっとお利口さんになれるんじゃない?そうすれば君は楽しめるし、俺は犯罪者にならないで済むよ。互いメリットしかないと思うんだけど」
提案なんかじゃない、完全な脅しだった。にっこりと、裏の顔なんかじゃない、多分元からこの人はこういう人間なんだ。他の先生と同じような言葉でどうにかできるような相手じゃない、あたし、もう、逃げられない。
「・・・どうしたら、消してくれるんですか」
もう、自然と、今までみたいに軽い口調では話せなくなっていた。これじゃ、高校生活、もうずっと、脅されて生きていかなきゃならない。あんなのばら撒かれたら、終わりだもん。こんなことなら先生となんて、しなきゃよかった。でも、もう悔やんでも遅かった
幸田先生は立ち上がって、あたしの頭をぽんぽんと撫でる。もう、それすら怖い。文系の女子はみんなご褒美って言ってるけど、触られるのだって、身体がすくむ。
「うん。別に脅してるつもりはないから。また呼ぶから遊び相手になってよ、君はお利口さんにしてればいいんだし、今まで通りで何も問題ない。・・・まぁ、余計な事はお互いに無しね、って、それだけ。分かったかな?」
「はい・・・」
まだ昼休み終わるまで時間はあるから、ゆっくりそれ飲んでから戻りな。幸田先生はそう言い残すと、本まみれの社会科資料室から手を振って出ていった。一人取り残されたあたしは、床に座り込むことしかできなくて。
どうしよう。友達にも相談できない。親なんて・・絶対無理。でも、・・・・ああ、あたし、馬鹿だ。落ちたのは、あたしの方だったんだ。
これからの学校生活とスマホで見せられた動画を思って、あたしは泣きたくなった。