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見て見ぬふりの、おかえりなさい

鴇鼠さん宅の幹也君お借りしてます。瑛章ことPCCがlog outers をけしかけて報復する話。

 長ネギを刻む。豚肉は適当なサイズ。あとは剥いたジャガイモをぽぽいのぽい。一々包丁の刃に白くでんぷんが付くのが気に障るが、なるべく気にしないようにして続けてこんにゃくを。・・・と思ったところでやめた。こんにゃくは手でちぎろう。その方が味が染みやすいから。

 まとめて鍋に放り込む。そこで、あらかじめ電子レンジで具材に火を通しておけばよかったな、と思った。まぁ仕方がない。冷蔵庫を開け、味噌とすりおろしショウガのチューブを取り出す。さらに鍋の中に顆粒だしをつっこみ、煮立ったら冷蔵庫出身の二人を適量入れて味を調えておしまい。さて、煮えるまで洗い物をしてようか、と菜箸を置いたところで、玄関ドアが開く音がした。

 2LDK、廊下とバルコニー付のマンション。弟と二人暮らしだったこの部屋に音の主が転がり込んできたのは数か月前の事だ。雨の日、ずぶ濡れで外に佇んでいたのを、思わず放っておけなくて拾った。料理できるよ!お菓子作れるよ!と笑うその瞳は自分と同じで紅く、―――昔の事を思い出して、顔を背けた。

 こうして時折帰りが遅いことを除けば、彼の行動にさほど特異な点はない。―――というか、もとよりそこまで一々向こうの行動に“表だって”干渉する気もない。だから、気にしない。態度に出さない。例え、ただいまぁ、と気の抜けた言葉でリビングに入ってきた彼の服がボロボロで、何故かうっすらと血の匂いをまとっていたとしても。

 

 

「おかえり。遅かったね」

 ガス台の火を止めつつ、振り返る。さっと目を走らせると、おやまぁ、酷い有様だ。シャツは・・・・僕のを貸せばいいか。もう洗っても無駄だろ、捨てよう捨てよう。

 長い金髪は乱れ、全体的に体も汚れている。何があったのかは――一目瞭然。とりあえず風呂沸いてるけど、と味噌を入れつついうと、入ってくる―、とまたしても気の抜けた返事が聞こえた。

 さてと。ぱたぱたという軽い足音がバスルームに吸い込まれるのを聞きながら、豚汁は完成。そして、随分前から頭の片隅に引っかかっていたことが、ぼろっと取れた。頭の中のデータベース、生徒の素行、周囲の不審者情報。幹也のあの恰好を見れば、相手は男。体格は不明、だがその犯行は手慣れていて、被害者が一人だけではないであろうことを簡単に予想させた。

 あの血はきっと幹也のものではない。それどころか、幹也自身は殆ど派手な怪我をしていないはずだ。恐らく、奴自身の能力で“喰った”か。性格を鑑みれば、仮に変質者に襲われたとて自分の手で殺しにかかることはしないはずだから。・・・丸ごと喰ったのか?だろうな、割と感情に引きずられやすい男だし。だとしたら残念だか死体は残っていないか。報復どころか見せしめすらできやしない。・・・見せしめ?そうか、別に見せしめならば何もあの男である必要はないじゃないか。

「最近随分と好き勝手やってる集団がいるようだから、な」

 となると、見せしめ、というよりは粛清の方が有効か。集団の一つ二つぶっ潰せば、チャチなチンピラや変態ジジイなんかは簡単に竦み上がるだろう。一般人への能力の使用は、一応規則に反することなので“あいつら”の判断に任せることにする。

 となったら、善は急げだ。幹也が風呂に入っている間に。パソコンを開く時間が惜しいので、手持ちのスマホからスカイプのチャットルームを開き、6人に招集をかける。運よく全員が即座に反応した。

『緊急。明日の放課後、大規模な奴お願い。同居人が強姦されかけたけど相手はもう死んでる』

 以前から幹也を襲った相手については目を付けていたから、恐らくあいつらも察したのだろう。すぐに発言が飛び交い始めた。

『あー、前言ってたやつか』

『あり?みっくんてば殺しちゃったの?能力?』

『普通に考えればあの細腕で強姦魔を殺害するのには無理があるだろう。―――警察関連は任せろ。止めておく』

『うっひょー、ほーせー君相変わらず心強いねぇ!そーしてもらえれば俺らも存分にやれるわ』

『・・・せっかくだからあそこ叩く?前から気になってたんだけど。一々微妙に縄張りの中でちらちらされんのマジウザい。』

『ああ、彼らねぇ。駅裏の高校の3年だって聞いたよ、僕。知り合いがいるから黙らせることはできるけど・・・』

『えーーー睦月そんな興を削ぐような事言わないでちょうだいよ。それとも何、義理立てしてるとかそういう?』

『まさか。こっちに踏み込まないって約束させたのに、それ勝手に暴露したんだから、盟約も何もないよ。先に破ったのはあっちだし』

『流石、女王だな。第一次シュレージェン戦争の時のフリードリヒ2世と全く同じ論法か・・・俺が一人で片づけてしまっても構わないが』

『朔真ぁ、それはナシっしょ。つーか朔真がやったら殺しちゃうじゃん。流石にそれは目立つし、何より簡単すぎて面白くねーって』

『あれ、何だっけソレ。聞いたことあるけど名前が思い出せない』

『クラインシュネレンドルフの密約。1741年10月9日締結。マリア・テレジアもマジでフリードリヒ死ねって思っただろうね、ヒヒッ』

『進也、お前よく知ってるな。文系の世界史でもやらんぞそこまで』

『つっても知ってるっぽいのがほーせーだよな』

『生憎、同じ文系でもお前と違って勉強させられているのでな』

『うっわ!うっわマジそういう事言う!?俺製菓の方いくから別にベンキョーとかそんなできなくていいしー!』

『笑える程のアホ丸出し発言だな。流石美桜だ』

『綺麗な顔で散々に貶すのやめてくれる!!?俺の心が死ぬよ!?』

『さくの言ってることはいつも正しいもん。つか美桜が馬鹿なだけでしょ。いや、アホか。』

『さもありなん』

『アホじゃねぇよ!!!!お前ら酷いよ!!!??』

 美桜の切なげな発言を最後に、しばらく間が開く。そろそろ幹也が風呂から上がってくるかもしれないしな、丁度いい、終わりにさせるか。

 てなわけで、と書きこむ。こんな平和な会話をしてはいるが、奴らだって必要とあらば親やクラスメートさえ殺す戦闘欲の塊なのだ。だから、コマンダーたる自分が常に背後からかじ取りをしなければならない。さもなくば、虚無を土台としてその上にガラス細工で作ったようなこの世界は、いとも簡単に崩壊してしまう。

 コントローラーを握るのは僕。だから、行け。ゴーサインは存分に出してやるから。

『思い知らせてやれよ。・・・不良集団Log Outers の縄張りに手ェ出したらどうなるか、ね』

 何の反応もなかったが、画面越し、奴らが皆一様にほくそ笑んでいるのは簡単に想像が付いた。そろそろ落ちるわ、と一言残し、アプリを終了する。

 がたがたと浴室から、風呂のふたを閉める音が聞こえた。ジャストタイム。そろそろ文徳も帰ってくるころだろうし、あとはやらなくてはいけない事・・・も、特にないな。強いて言えばあいつに明日着せるシャツを自室に見に行くくらいか―――いや、でも本人がいなけりゃサイズもくそもないな。やめたやめた、夕飯のあとにしよう。

 腰がいてぇ、と呟きながら、大きめのソファーに寝っ転がって眼鏡を投げるように外した。表だっては干渉しない。だが、全くしないとも言ってないんだ。案外白黒はっきりしているこの世界では、白ではどうにもならない事でも黒ならどうにかなる、なんてそんな事例は山ほどある。そこに躊躇いは要らないし、運が良ければ批判さえ一蹴できる訳で。つまり、―――結構あの“大きい捨て子”を可愛がってしまっている、訳で。我ながら本当にどうかしていると思うが、そこら辺は仕方がない。じきに見えるだろうあのへにゃっとした笑顔を思い浮かべて、僕は目を閉じた。

 玄関の鍵が開く音。大きめの声のただいま。風呂上がりの気配。ぺたぺたとした足音。リビングのドア越し、廊下から二人分の会話が聞こえる。表だけを見て。残りはお前らは、見ないふりをしてりゃあいいんだ。

 見ないふりと、お帰りなさい。

 

「にーちゃんただいま!外寒かった!」

「ただいまー。お風呂あがったよー」

 

 二人分の顔がのぞく。

 僕は、ソファーから体を起こした。

 

 

 

「おう、おかえり。ごはん出来てる。」

 

 

Fin

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