アンデルセンの夜に
「すべての人間の一生は、神の手によって書かれた童話にすぎない(アンデルセン)」
ジャックさんと拙宅テオドールのR18。なんかやっぱり暗いしテオドールはうだうだしてる。ジャックさんをお借りしましたが再現が甘すぎて申し訳ないです(管理人)
秋の中欧は、朝晩の冷え込みが厳しい。指先が痛むほどの空気の冷たさが夜の帳に染み込み、こんな日では、街角でマッチを売る少女など、どんな上等な毛皮を身に纏っていたとしてもすぐに凍え死んでしまうだろう。
だが。それも、今の俺には関係のない話。アンティークなガラス窓の外のアンデルセンの闇は、遠い世界だ。サイドボードの橙色光が影を落とすベッドの上で、俺は、また小さい悲鳴を上げて背筋を震わせる。
「は・・・、っあ、ァ・・・!!」
うつ伏せ、シーツに爪を立てて。もう何度目かも分からない絶頂に目を眩ませ、俺はぐったりと倒れ込んだ。
奥が、ヤバイ。もう、イキ過ぎて敏感になっているだなんていう状況はとうに過ぎていて、一周回って感覚が麻痺しているかのような、そんな感じだ。
だが、彼はまだまだらしい。俺がベッドに沈んでも構わず、腰を引っ掴んで打ち付けてくる。もう、漏れるがままに声を上げるしかない俺は、せめて自分でこのやたらに甘い声を聴くまいと、ぐ、と枕の端を噛んだ。
「ダメだよ、お医者様。」
「う、ぐ・・ッ!」
後頭部から髪を掴まれ、一気に引き上げられた。ついでに、お仕置きと言わんばかりに、そのまま腰だけを高く上げられ、逆に背の中ほどを強く押さえつけられ、先ほどよりももっと深く、突き立てられる。抵抗すれば背骨が折れると簡単に想像できるほど体重を掛けられているのが分かった。
「あっ、ああ、っ、嫌っあ・・・!」
奥の奥、普段の姿勢ではまず触れられないようなところを激しくこじ開けられ、鈍麻していた感覚が一気に息を吹き返す。びりびりとしびれるような、痛みにも近い刺激が全身を突き抜けた。そして、内臓を引っ掻き回すように体の中を突き動かすのは、まぎれもない、愛しい彼の性器。そう思った瞬間その形がやたら生々しく感じられて、快感の波が震えとなり、羞恥で灼けた体に鳥肌が立った。
「は、ァ――――・・・ッ!!」
俺は、掠れた喉で叫んだ。軽く達していたかもしれない。もう、爪先から指の先まで身体のどこで感じているのか、全く分からない。女性もこんな感じなのだろうか、男性とは感じ方が違うというから・・・とここまで思って、思わず自嘲した。は、所詮は染色体だって曖昧なくせに何を、女のようだなどと。途端に思考に黒い霧が広がり、奥を突き動かされながら、ぐちゃぐちゃになった頭の中、身体の感覚とは別次元のところで、みっともなく涙を流しながら俺は、加速度的に鬱に溺れていく。
苦しい。ああ、息ができない。多分彼は知らないだろう、俺の吐き出す体液には、ほとんど精子など含まれていないことを。絶対に知られたくない。けれど、彼にだけは、この常に足場が揺らいでいるような感覚を分かってほしい。・・・いや、やはり彼には知る由もないだろうし、そもそも知る必要さえもないのだが。そして、きっと知ったとしても、それが何?と彼は笑うだろう。俺はお医者様が好きなんだから、と言ってくれるはずだ。でも。でも。
ああ、頭が真っ白になって、真っ黒になる。
「・・・もっと、」
自然と、口をついていた。もっと。もっと、何だ。
「ん、なぁに、お医者様」
「・・・、」
必要なもの。必要な事。何が。もっと、俺は何を求めてる?
少し優しくなった声と律動が。物足りなくて。
ほしい。強い、快楽を超えたその先、が。
「もっと痛く、して」
それはもう、懇願だった。全てを蹴散らすような、痛みが欲しい。
絞りだした声は、彼に届いたようで。
痛いの好きだもんね、お医者様。
そう、彼の声が聞こえた、その瞬間。
彼が動いた。
あ、首に、
彼の八重歯が、深々と刺さっていた。
「あ、ァ・・・ッ!!!?」
あ。もう。
皮膚を、突き破られた、痛みが。
体を、脳を、揺らす激震が。
全てを、消し去った。
「あ・・ッ、う・・・、ア・・・」
背が仰け反る。首筋からこぼれる赤が、白いシーツにぱたぱたと落ちる。
吸われ、舌先で傷をえぐるようにされ。痙攣が止まらない。快楽が、噴き出る。
彼の少し焦った声が聞こえて、奥に温かいものが放たれた。じわり、と広がるそれは、彼の、体液だ。ああ、と声が漏れる。やっぱり、これが。これが、好きなのだ。痛みがもたらす麻薬のような悦楽が徐々に多幸感へと変わっていく、この感じ。例えばあのマッチ売りの少女も、皮膚を刺すような寒さが見せた幸せな幻覚に抱かれ死んでいったのだろうか。もし、そうなのだとしたら、今、俺だって・・私、だって。
だが、その俺の願いは、口に出る前に嬌声へと溶けて消えた。彼の動きが、本格的に俺を追い詰めるものへと変わったからだ。あと少しで手が届きそうな小刻みな絶頂を、押し上げるように。
もうとっくに抵抗はやめていた。ただ、彼に身を任せて、血と涙を流しながら呆けたように声を上げるだけだ。そう、追い詰めて。だんだん、閉じた目の奥が真っ白になってきた。もっともっと。あと少しだから。お願い。お願いだから。
逝かせて。
「はアっ、・・・・っあ、あ―――――・・・・ッ」
再度、首に歯を立てられた瞬間、俺は果てた。痛かったからではなく、先程の痛みを思い出したから、かもしれない。文字通り、死んだようになった俺は、朦朧とする意識の中で彼のぬくもりを確認した。
ああ、俺は殺されたんだ。もう、満足だ。辛うじて残っている力で、俺は彼に、後は好きに動いて、とささやく。別に、彼は酷いわけではないし、俺も彼の事がどうでもいいわけではない。ただ、もう君に付き合える体力が尽きてしまったから、申し訳ないけれど、あとはよろしく、とそういうことである。そんな、むしろ断られた方が傷つくような状況の中、彼はためらわず、彼自身が満足するまで俺を抱いてくれる。翌日体のあちこちが痛むが、それが幸せそのものである以上、それが社会的にどうかということなど、俺たちにとっては全く問題ではなかった。
一度抱き起され、向きを変えられる。じゃれるようなキスのあと、また仰向けに横たえられた。近づく、彼の瞳。欲に濡れていて、綺麗だ。危ないだのインモラルだの散々言われてはいるが、そんなの気にしない。だって、夜はまだまだ長いのだから。
夜。マッチ売りの少女にとってあの夜は、きっと幸福への架け橋だったのだろう。俺にとってもそうだろうか。彼が一緒ならば、そうなのかもしれない。意地悪を言いながらも、最後にはいつも俺をすべて肯定してくれる彼だから。何をされてもいい、どんなところに堕ちたって構わないとさえ、思える相手なのだから。幾度もの長い夜を越えたあと、そこには闇などないはずだ。そんな夢うつつの狭間に思考をさまよわせながら、再び俺は彼に身を預ける。
彼の律動は、彼が存在している事の証だ。そして、それを理解できるということは、俺自身もまだちゃんと、存在しているということなのだろう。こんなに幸せな気分になったのだからしばらくは悪夢も見るまい、と、俺は幻影のような夜に別れを告げ、そっと意識を落とした。