ねぇ、遊んでよ
モブ×クラウド。まだお付き合いする人ができる前の話。何故夜な夜な歓楽街を渡り歩くのか、という話。いうまでもなくr-18です。
「ふ、ぁ、あっは、ねぇ、オニーサン、きもち、い?」
蒸した夜、適当な安宿の愛も何もないような埃っぽいベッドの上で、俺は男の腹上にまたがって声を上げていた。相手は相変わらずの見ず知らずの奴、今宵は4万で買われた。そんなに払うんならもうちょっといいホテルにしてくれればいいのに、と思ったが、どうも男の方はそんな俺の願いよりも性欲の方が勝ったらしい。・・・そんなことを言ってはいるが、本当は、別に宿などどうだっていいのだ。自分だって目的は体な訳だし、正直、自尊心さえなければ金だって受け取りたくないところで。・・・死にたいと思うこの気持ちをごまかして夜をやり過ごすための、手段。でないと、ねぇ。生きながら死んでいるこの心を、ふとした瞬間自分を死に追いやってしまいたくなるこの衝動を、どうやって押さえつければいいというのか。そんな哲学的なことを考えてみながら、俺は動物的な本能に身を委ね、快楽を求め、甘く啼く。
「君、いい体、してるねッ」
「んふ、ありがとー。オニーサンのコレも、素敵、俺、すき」
腰を掴まれ、奥深くまで突き上げられる。背中がのけぞって、中に入っている男の性器の硬さをもろに感じて、さらに俺は締め上げた。若干姿勢が安定しないのが騎乗位のデメリットだけれども、この奥を抉ってくるような感覚はたまらない。前立腺だけでなく腸管ですら感じてしまうようになったとはね、と自嘲の声が聞こえない気がしないでもないが、それは放置しておくことにする。
手が滑って、それでなくても体に力が入らなくて、ともすれば崩れ落ちそうになってしまう上体を必死に支える。最初はいい気で握っていた主導権も、後半にもなればもうグダグダだ。ほら、男の目が段々ぎらついてきている。腕を掴まれ、引き寄せられ、崩れた姿勢、反転する視界。ベッドに倒された俺は、一体どんな顔で男を見上げているのだろうか。
憎んでも憎み切れず、殺しても殺し足りないほど、あいつらを恨み続けて幾星霜。容赦なく心を闇に引きずり込んでくる夜が怖くなったのはいつからだろうか。・・・その声に負け、死にたいという衝動に襲われるがまま、何度血を流し、何度搬送されたことか。
人肌が怖くて。でも、人肌が恋しくて。執着さえ持たなければ大丈夫なのだと言い聞かせ、売春行為に身を染め始めたのは12の時だった。服だけはやたら上等なものを着せられていたから、深夜家を抜け出して、その手の趣味のある男たちには馬鹿みたいにちやほやされた。―――まぁ、それは今も同じだ。飛び級で医学部を卒業した後は、不思議な縁もあったもので、何故かマフィアに拾われて、その一員になって。医療員というこの地位に不満はない、が、それで何かが変わったわけでも、ましてや満たされたわけでも過去が消えたわけでもない。だから、結局これも同じ。死にたい、この衝動を紛らわす為に、毎晩毎晩俺は安宿のベッドの上を渡り歩く。いつか普通に眠れる日が来るのだろうか、だなどと、馬鹿げた妄想を頭に浮かべながら。
「は・・・あ、ん、おにー、さん・・・」
息の切れた俺の女のような細い声に、男の口が弧を描く。めちゃくちゃな口付け。乱暴なピストン。でも、これでいい。これがいい。これが、俺を繋ぎ止めるんだから、この吐き気がするような、ずれまくった世界に。
ぐちゃぐちゃになった思考回路が、忘れかけた母国語で愛して、とつぶやく。今日の男は東欧人と言っていたから、まぁ意味など分かる訳はないだろう。それに気をよくして、俺は悲鳴のような叫びをあげていた。揺さぶられるがままに。注ぎ込まれるがままに。愛して、俺を愛して、と。壊れたラジオか、蓄音機か。無様に涙を流しながらも、死への渇望が止まらない。ぶれる視界、激しくなる突き上げ。あっ、あっ、と声にならない声を絞り出して、やがて俺は果てた。それでもしばらく男は俺を使い続け、二度目、俺は何も出さないまま、男は何かを出して、また頭を破裂させる。荒い息のままやらしい音を立てて舌を絡ませ、吸って、――――ふと見えた男の瞳に映った俺の表情は、意外にも、死体のように虚ろだった。
宿代は払って出るから、そのまま出てくれて構わない。そのようなことを言って、男は出て行った。枕元にははした金。ちらりと目をやり、すぐに背ける。
呆けた体。戯れにまだ緩い後ろに指を差し込むと、奥の方でどろりと男の精液が蠢いていた。そっと掻き出すような、それでもって中を刺激するような半端な動きをさせると、存外感覚が過敏になっていたらしく、拒否する体とは対照的に、微かながらもまた自分が果てたのを感じる。空しい。虚しい。ただひたすら、虚ろだ。結局は何も埋めることができない。その場しのぎの嘘でしかないと、分かっているのに。
「・・・・死ぬより、マシ?死んだ方が、マシ?」
答えの分かっている質問程、馬鹿馬鹿しいものはない。だが、時々恋しくなる。この、馬鹿げた質問が。
窓からは、薄暗い山を割って朝焼けが差し込もうとしている。そこに背を向けて、俺は意識を闇へと落とした。