捻くれ少年の回想集
ー密事ー
体育教師×薫ちゃん。言わずもがなR-18です。ぬるいけど。
この宮岡先生気に入ったからまたどこかで出そうか検討中。
「嫌やわ宮岡センセ、ちいと性急すぎとちゃいますのん…?」
ウチ――いや、俺は、ゴリラを思わせる担当の体育教師を前に婉然と微笑む。確かラグビー部の顧問だったか。自身も学生時代は全国大会で活躍したとかどうとか、誰かが言っていた気がする。だが、腕っぷしがご自慢の熱血教師とは言えど俺の前ではこの有り様だ。誰もかれも皆同じ、単なる性欲に目が眩んだ獣。まぁ、これで体育を全時間欠席することを非難されないなら安いものだ。俺は、身体の力を抜く。
二日前に約束した、放課後の逢い引き。1度目はこちらから誘い、2度目からは向こうに誘わせるというお決まりの手口でかれこれ6回目だ。たまに断って焦らしてみたり。つれない態度をとって不安がらせ、直後に甘えて見せたりとか。人を、特に男性教師を陥れるのはあまりにも簡単で、それはそれでどうかと思うが、とにかく学校生活をこんな俺が平穏に送るにはこの方法はとても便利だった。しかも今日はマンネリ化を防ぐ為、少し小細工をしてある。
ガタイに似合わず小心者なのか、呼び出された校舎裏の古い倉庫に入ってすぐ、教師はわざわざ扉に鍵を掛けていた。こんなとこ放課後になんぞ誰も来ぉへんやろ、とは思ったが、黙っておく。それで自ら背徳感を煽り立てているらしい側面もなきにしもあらずなのだろう、その証拠に押し倒してきたなり首筋に舌を這わせてきた。それで、あの台詞だ。
倉庫の隅に置かれたマットは、この体育科の宮岡教諭を含めた教師達と『密会』する際のいいベッドになっていた。高跳びなどで使う厚いマットに通常の器械体操用のマットを重ねただけのものなのだが、これが案外寝心地が良かったりする。たまに昼休みに一人でやって来ては日の当たる窓際にマットを干してみたりして創意工夫を凝らしているが、ごみ捨て場同然の古倉庫の中のものなので、何をしたところでどうせ誰も気がつかない。ここにサボりに来るのもええなぁ。余剰の机もあるし、教材持ってくるのもアリか。立ち入りがどうのと言ってきそうな生活指導の教師は既に籠絡済みなので問題はない。せやな、そうしよ、と内心にやりと笑ったところで、カーディガンのボタンが全て外されていることに気が付き、俺はうつつに意識を戻した。
「相変わらず細いな…きちんと食べてるのか?」
「よう脱がさんでも分からはりますなぁ。…でも、こんな時にお説教しはるん?」
イケズやわぁ。吐息混じりに吐き出すと、獣が分かりやすく期待に喉を鳴らした。はーあ、ホンマつまらんわ。前の高校の教師は殆どが同じ京都人だったせいかこのような場面での会話も真綿に毒針を仕込んだようなものが多かったが、関東人はそれに比べて驚くほどストレートで愚直だ。その分『持ち物』は上品ぶっとらんで豪気なんやけど…おっと、失礼。擦れていると言われる由縁だろうか。やめておこう。はしたない。
そろそろ頃合いかなと、ここで俺はのし掛かってきた教師の肩をそっと押して、上体を起こした。仕込んでおいた小細工の発動だ。ついでにいえば今日は女子の制服なのだが、さて、一体どんな顔をするだろうか。
怪訝そうに宮岡がこちらを見る。
「黒澤?」
「薫って呼びいゆうたやろ。……あんなぁ、ウチ先生のためにちぃといつもと違うことしてきとんねん」
言いながら、勿体ぶった手付きで臙脂色のネクタイをほどく。襟から抜き取って近くの机にはらりと落とすと、宮岡が息を飲んで何だ、と問い掛けてきた。
俺は、クスクスと笑って答えない。代わりに宮岡の手を取り、自分のブラウスのボタンへと導いてやる。
「センセ、外してみて」
早ような。そう促すと、軽く頷いて宮岡が手を動かし始める。もどかしげに一つ、二つと。やがて4段目まで外し終えたところで、その手がばっと離れた。気付いたらしい。
「ダメやって、制服汚したらあかんやろ?全部、脱がしたって」
煽るように。誘うように。みるみるうちに紅潮していく教師に、悩ましげな声で俺は囁き掛ける。一瞬躊躇いを見せたあと、意を決したように宮岡がボタンを再び外し始めた。
五段目。その先は折ったスカートにしまわれている。しゃあないな、そう呟いて、俺は立ち上がった。折り目に手を掛ける。
「ここは、ウチがやったるし」
恩着せがましく聞こえるが、向こうにとっては最高のストリップショーだろう。少しずつ、少しずつスカートを巻き下ろし、通常の長さまで戻す。こうしてみるといかに自分のスカート丈が短いかというのがよく分かるが、これは手伝いの富子さんの唆しもあるので置いておいてもらおう。そもそもこの学校で一番服装にうるさいのはこの宮岡なのだ、こいつさえどうにかしてしまえば後はどうとでもなる。
ぷち、と指先でスカートのホックを外した。さぁ、残りも。そう目で言いながら、また俺はマットに座る。
「薫……」
欲情しきった男の声。ブラウスの裾が引き抜かれ、ここまで来たからなのか、やたら焦ったように最後のボタンが外された。
前を、一気に開かれる。
晒される素肌。そこには、本来男には必要の無い、可愛らしい女性用の下着が。
宮岡が完全にフリーズした。ああ、なんという間抜け面だろう。恥じらいを表情に乗せながら、俺は心の中で快哉を叫んだ。わざわざこれを仕掛けるために、約束を体育がない日に指定したのだ。この馬鹿げた面が見たくて。嘲笑ってやりたくて。傑作だ、これは。
一言申し上げておけば、当然だが俺が買ったものではない。例のごとく京都の母親が自分の世界に生きる勢いのまま、離れた地で一人で暮らす「自分の子供」の為に丹念にネットで選んで買って送ったもの、だそうだ。ベビーピンクの、フリルやレースをふんだんに使った下着の上下が現住所宛に届いた時は流石に思春期男子としてかなり頭を悩ませたものだが、もういい加減そういったものが届くのにも見慣れた。今ではこんな使い道も発見し、なかなか楽しんでさえいる。のだが、まぁ、それで…良いはずはないのだろうな。狂った価値観がいつか戻るのどうかかは、正直俺自身にも分からない。
「か、薫……、これは、一体」
「どーや、先生。可愛えやろ。これ気に入っとるんよ、ウチ。母さんが買うてくれたんや」
肩からブラウスを滑り落とし、紐も払う。そのまま流し目をくれてやると、まさか、と漏らした宮岡がスカートのチャックを下ろしてきた。
「こっちも、か」
「ん、普通こういうの上下セットなんやて。センセが見たらどないな顔するかな思ってな、恥ずかしいけど……」
語尾は、ご想像にお任せする。が、この脳筋教師は想像するより先に理性が引きちぎれたらしい。素早い動きだった。
「黒澤ッ!!」
「やっ!?」
ばん、と。痛いな、背中打った。そう認知した途端にスカートをはぎ取られ、文字通り剥かれた。半裸の状態の上に息荒く乗っかられ、多少恐怖の念が湧く。目は暴発した情欲一色に塗り潰されていて、まるで食われそうな勢いだ。
「ちょ、先生、いきなりは、や、ァ、っ」
そしてそのまま首筋に吸い付かれ、止める間もなく身体中に紅い痕が散らされていく。それはだめだと前から言っているのに。下着をずらされながら明日の時間割りを思い出し、特に着替えが必要な科目が無かったことにとりあえず安堵した。
にしてもだ。
「せんせ、だめ、やって」
ちり、と微かな痛みが走る度、増幅された電流のような何かが体を駆け抜ける。元々やたら皮膚が薄く感覚も過敏なため、たったこれだけの刺激にでさえ、理性をすっ飛ばして俺の身体は反応してしまっていた。
初動の遅い思考が貪欲な神経に置き去りにされていく。母親の教育の賜物やな、と喘ぎながらも自嘲していたら、突然、殊更敏感な胸を舐め上げられた。
「んっ、ァ、あ……っ!」
真っ白な火花が散り、背がのけ反る。意識とは無関係、脊髄反射で跳ねる体。視界がぶれ、喉奥から酷い声が漏れたのを認知した瞬間、ようやく全てが現実に追い付いた。ああ、せやった、俺は。高い声に気を良くしたのか、今度はやたらそこばかりを舌先で攻め立ててくる。こちらのことなどお構い無しだ。
「ん、っぁ、や、ん…ッ!」
甘く、灼けつくように身体が痺れる。は、と息が詰まり、真剣に止まったかと思った。その拍子にかつての『事故』のことを少し思い出してしまい、苦笑いしかける。あの時は相手の教師の必死な嘘に救われたんだったかな。だが、激しい快楽によって強引に引きずり上げられた本能が、そんな思考や理性の虚像をいとも簡単に粉砕し、飲み込んだ。
狂乱の中、なぶられ、吸われ、軽く歯を立てられたらもう駄目だ。そのうち下の方にも手が伸ばされ、あとはもう、なし崩しに、抱かれ、貫かれ、何もかも尽き果てて気を失うまで、やはりこれも毎度のごとく、俺は啼かされ続ける。
全てが終わったあとの記憶はいつも曖昧で、それでもって大麻を吸った時のような高揚感と虚脱感に襲われて、結果ピロートークも何もないまま呼び掛けにもろくに応じずに自分だけさっさと身支度を終えて出ていくのが常だった。わざわざ自覚して動いている訳ではないが、今日もそう。事の余韻を引きずって掴んできた手を無意識に振り払い、俺はいい加減空が茜色になりつつある外へ出た。
「…………」
空気が、まとわりつく。
鈴虫の鳴き音に夏の色、この学校に転入してから早一月が経った。顧客は既に5人、出だしは悪くない。だがやはり、あの余所者を受け付けない独特の気風が懐かしかった。テリトリーを重視し踏み荒らす者には容赦をしない、あの閉鎖性の高さ。その類似品すら、この地には存在していない。
『楓ちゃん、向こうに行っても元気でね――』
ザアッと風が吹く。背の高い雑草が揺れる音に混じって、最後に会ったときの母親の声が聞こえた気がした。
否定。抹消。否定。否定。所詮はその繰り返しだ。
「……早よ、帰ろ」
軽く頭を振って、幻聴を追い出す。暗くならないうちに。学校は駅の裏口側、校門前の停留所からバスで10分ほど戻り、駅からは歩きだ。家賃月30万円前後の、セキュリティ対策は万全な高級マンション。独り暮らし用にしては広すぎる3LDKの部屋は、父親からの免罪符のような気がしてならなかった。
帰ったら先に風呂やな。ご飯はそれからや。富子さん、何作ってくれたかな。今日は肉でも魚でもええ気分やわ。そんなとりとめもない事を考えながら、教師ごと全てを振り捨てるように、俺は草を踏みにじってその場を後にした。