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​クリスマスの夜に

毎年この日だけは、というユリウスと先代の話。毎年独りぼっちだった。でも今年からはちょっと違うね。

ユリウス(独)→ジュール(仏)

リシャール(仏)→リヒャルト(独)と国籍の違う二人ですが、互いの国の言葉で名前呼んでた若い頃。

 ふと、体をまさぐられていると思った。シャツははだけられていて、馴染みの顔が私の胸元に舌を這わせている。
「っ、こら、やめろって」
毎度毎度エスカレートするこの行為、私はいい加減にしろとそいつを引き剥がそうとする。けれど、当然のように奴はそれを払い除けて、慣れた手つきでするっと私のスラックスを下着ごと引き下ろしてしまった。
「ちょっと・・・、寒いから、やめてくれよ」
 あの子、ではない。彼には一度主導権を握られたものの、あれからまたすぐに奪い返したから。ふと自分の体を見下ろせば、明らかに筋肉や肌が若かった。そう、これは夢。夢の中なのだ。
 男は、にい、と相変わらず人の悪い顔で笑った。マフィアの親玉なんてものをしていたこの男は、20年前のこの日、自分が溺愛していた子供に殺された。以来、何を思ったのか、こうしてこの時期になると毎年夢に出てきて、私の体をもてあそぶ。かつて、俺は別にゲイじゃねぇよ、と言われたことがあった。美しいものが好きなだけだ、と。ならば老いていく自分などそのうち美しくも何ともなくなるのだろうから、と放置していたのだが、まだまだ奴の気は済んでいないようだった。
体の感度も昔のままで、首筋や胸の突起をなぞられ、舐められ、歯を立てられる度に今では考えられないような声が漏れる。
「は、ぁ、っ、やめ、っ、そんな、胸ばっか・・!」
 引き剥がして抗議しようとするも、全く敵わない。血で血を洗う死線を潜り抜けてきた男と、暢気に医者をやっていた自分では、そりゃ当然か、と納得はできた。じゅ、と更に強く吸い上げられ、私はびくんと体をそらす。
 感じてるお前の顔は綺麗だから。そんな奴の身勝手な理由で体を開発された若い頃の私は、気がつけば女そっちのけで毎晩のように奴に抱かれ、・・・奴を殺したあの少年も、同じだったに違いない。周りの大人たちは知るよしもないだろうが、何となく私には、彼が殺害に及んだ理由が分かっていた。彼は親を、あの男殺されている。だというのに、ここまで綺麗だ、美しい、と言われ、抱かれれば・・私同様、あの男に何も思わぬはずも無かったのだろう。その心の軋轢が激情となり、殺害に至ったのでは、と私は思っている。
「ん、っ・・」
「相変わらず、綺麗な体だな、ジュール」
「夢の中だから、ね、若返ってるのさ。今の体をお前が見たら、幻滅もいいところだ、きっと」
「んなことねぇよ、肌の白さ、全部を見透かすような紫の瞳、何も変わらねぇ。・・・お前の今の相手も、そういうとこに惚れたんじゃねぇのか、あ?」
「・・・・」
 知ってるならどうして。そんなことは言えなくて、ただ私は、フランス語の彼の名を、ドイツ語で呼ぶような、そんな戯れしかできなかった。焦げ茶の髪。強い光を持つオーシャンブルーの瞳。お前も、私と同じくらい綺麗だったと思うけれど。
「今度は、手放すなよ。んで俺はまた一年にこの日だけは、お前をいじくりに来る。お相手さんにも何か言っておいてやるよ、夢の中で嫉妬を煽るってのも愉快なもんだからな」
 ははっ、と笑い、それだけ言い残して彼は消えた。ホント、いつでも一方的な男だ。散々振り回して、勝手に消えていって。残された私は、微妙に火の灯り損ねた感情だけを抱いて、20年間その場でただ佇むことしかできなくなってしまっていたのだから。

 ふと目を覚ますと、隣には恋人がいた。数ヵ月かけて予防線まで張って口説き落とした、20も下の男。この子を見つけて。ようやく、一歩踏み出せたのだ。実は、とても怖かった。いつものように適当にマダムを弄ぶのとは違ったから。愛しい、欲しい、とそんな心の動きのままに従う訳には行かなくて、彼が確実に私の方を向いたと確信してから初めて、本気の言葉を口にしたくらいだ。

 半端な感情を持たされたまま死なれる悲しみなんて、もういらない。だから大丈夫。お前になんて言われなくても、絶対にもう手放す気なんてないよ。だから、願わくは・・お前も、いい加減未練を断ち切って、少年だったあの子を、解放してやれ。まだ苦しんでるんだ、あの子も、未だに眠ることもできないで。全く、迷惑をばら蒔き過ぎだったんだ、リシャール、お前は。


 恋人は、やはり今夜も夢にうなされているようで、苦しげな顔で私の寝巻きの裾を小さく掴んで眠っていた。そんな風に遠慮しなくても、抱きついてくればいいのに、と私はルークを抱き寄せる。ついでにそっと魔法をかけて、意識のレベルを落としてやった。きっと、夢も見ないくらい深い眠りに落ちれば、悪夢だってどこかに行くはずだから。
 あの男があんなことを言うものだから、不安になってしまったのかもしれない。お願いだから君だけは消えないでくれよ、と眠る彼を抱き締めて、私は再び目を閉じた。

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