ある夜
若かりし日の、白の女王のある夜。
意味わかんないので注釈付けますが、赤の女王=現ハートの女王、白の女王=???
No.36=??? No.47=??? No.32=??? です
No.47死亡後の話。
ある夜半。突然の大きい物音と子供のような悲鳴に、白の女王は黙って目を覚ました。一時よりは大分マシになったが、それでもまだこれだ。隣室の、赤の女王の謹慎が解けて3週間。地下牢に入れられていたのは錯乱をどうにかする目的もあったようだが、鉄格子の嵌められた部屋、というのにいい思い出が無いのはこちらも同じだった。結局、優秀な人間ほど気をおかしくしやすいのがこの組織の宿命だ。赤の女王――No.6も、No.32も。
窓か鏡でも割ったのか、けたたましい破砕音が続く。多分、花瓶とか、グラスとか、色々な物を割り散らかしているのだろう。比較的防音のきいている女王の居室ですらここまで筒抜けとなると、廊下にはかなり響いているんじゃなかろうか。No.36が駆け付けるのも時間の問題だな、と白の女王は起き上がり、ピッチャーからグラスに水を注いだ。
No.47とナンバリングされていた白兎が死亡して、3か月。その死因は、激昂した赤の女王がNo.47の四肢と首を斧で叩き落したことによる失血性ショックだった・・らしい。というのも、現場に突然現れたチェシャ猫がそのままNo.47の切断された体をすべて持ち去ってしまった(と赤の女王は言っていた)ということなので、そうと断言して死亡診断書を作る他無かったというだけの話だ。
感情など基本的に邪魔でしかないようなこの組織、この街で、赤の女王の他人への執着の激しさは異質とも言えた。白の女王とて、かつての親友の死に決して心を痛めなかった訳ではない。が、それで自分まで気を違えるほどに錯乱し、似た子を見つけて拐取するような真似はしないと、その違いだ。
つくづく、組織の上に立つには向いていないと、赤の女王については思う。だが、今の組織の長は却って、彼のその不安定さや爆発性を面白がっており、結局いつもしりぬぐいは自分に回ってくるのだ。ああ、また一つ何か、ガラスが割れたけたたましい音がした。ついでに、No.36の緊迫した叫び声も。地下牢から自室に戻されてから3日間、夜はもういつもこんな感じであり、ろくにNo.36は寝ることもできていないという話だ。
四肢と首を落とされて死んだNo.47は、あれほど赤の女王が執着していたNo.32とは似ても似つかない性格ながらも、あの天才性は確かに、No.32を思い起こさせるような節があった。皮肉な話だ、No.32、No.47が閉じ込められた地下牢に、結局赤の女王もつながれて。そして今、「鍵部屋に閉じ込められたものは気を違えて死に至る」なんて怪談めいた噂の通りに、赤の女王も正気を失いつつある。
『あいつがまさか、手塩にかけていた47を殺してしまうとは思わなかったけれど。まぁ、白の女王も、今度こそあいつが『戻ってこれなかったら』、その時はお前が殺してしまえ』
もし、地下牢から出して5日経っても赤の女王の夜の錯乱が収まらないようであれば、クロルプロマジンから、フェノバルビタールの筋注剤に薬剤を切り替えるそうだ。一応、薬剤を処方する芋虫先生は止めたというが、寵児の命ですら暖炉の灰より軽く考えるハートの女王に、そんな諫言を聞き入れるような耳は無い。でなければ、普通午後のティータイムに殺してしまえなんて言葉は出てこないだろう。
俺が殺すか、鎮静剤に殺されるか。同期や後輩をこの組織に殺されたのは、俺も同じはずなんだけどな。時折、いっそ赤の女王のように錯乱して正気でも失えたらどれほど楽かと、そんな馬鹿げたことを考えてしまうことがある。それでも、組織に生かされ組織で生きると決めた以上、仮に顔見知りが何人死のうが、同期が何人発狂しようが、逃げ出すわけにはいかないのだ。
また、ガラスが割れた音がした。夜の帳を裂くような赤の女王の悲鳴が聞こえる。
不快にぬるい水滴が、グラスから指を伝い、落ちた。