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​毒物3年男子が大体アホな件について

鉛×スズ前提の、鉛・スズ・アンチモン・ベリリウムがアホを繰り広げる話。アホな男子高校生そのものです。相変わらず訛りは適当です。

 授業終了のチャイムが鳴り、昼休み。年長組の揃うこのエンシェントクラスには近寄るものもさほどいないため、休み時間はいつもうるさくカオスだ。しかし、ふと伸びがてら教室内を振り返ったアンチモンはその日とても珍しい光景を見た。なんと、スズが机に伏していたのである。

 いつもなら、大体授業が終わって振り替えると、彼は隣の鉛と何かしら話をしているはずで。その鉛は?と視線を滑らせるも、なんとそれも見当たらない。

「いや、なんやおかしいなぁ…」

 あの、いくら精錬しても互いの成分が必ず残る、という完全分離不可とまで言われた無敵のはんだコンビが。双方の親友として、これは黙っていられない状況だ。

 したら、とりあえず声掛けてみるかな。アンチモンはそう小さく呟き、窓際一番後ろのスズの席へと向かった。

「おーい、スズ?どうしぃはったん?」

 ということで、まず声を掛けて再びアンチモンは驚いた。スズはいつも左脇の髪を三つ編みにし、その毛先と全体の伸ばした髪をとまとめてサイドで結わえているのだが、それが今日は崩れているのだ。三つ編みも乱雑で、身だしなみに恐ろしいほど気を使うスズにしては妙などころかあり得ない。

   何なのだろうか。鉛とスズは寮も同室なので、まさか翌朝支度をする気さえ失わせるような酷い何かが昨夜あったとか。こっぴどい喧嘩?はたまた…

「なぁ、どないしてんスズ。何かあったん」

 話してみい、と伏したままの肩を揺すると、うるさげにスズが頭をもたげた。心なしか、顔色が悪げだ。

「あんま、大きくしないでよ、声」

「せやって心配しとんねん。倒れたなんて言うたら」

 するとスズは、溜め息をつきながらこう言った。

「そんなんじゃないけどさ。吐き気するし…俺もう、こんなの初めてだから、どうしたらいいか分かんなくて…こんな時に限って、いないし」

  え。

  え、ええ?

  いや、待て待て待て。ちいと待てや俺。でも、今スズがゆうたんてまんまアレやん。アレやないか。

  悪阻&マタニティーブルー☆

  かつて、歴史の中に生きていた頃アンチモンは、正体を知る医者と共に薬師に扮してヨーロッパを飛び回っていたのだ。だから当然妊婦を診る機会もあった訳で。

  スズが言ったのは、間違いなく、それだ。

「嘘やん…」

  茫然と呟くアンチモンをよそに、またスズが机に伏せる。発言を考えれば、父親は自ずと知れた。

  これ、かなりアカンことやで。

  アンチモンは教室を飛び出した。

:::

 

「おい、ベリー!いてはんならこっちお来しやす!」

  こちらは3年の中でも年若な方のクラス。面倒だし3年は3年で1クラスにすれば良いのにと思うが、やはりエンシェントは色々特別視されているらしい。ホンマ、けったいなことやな、と普段から思っているが、いきなり呼ばれた自分の名に、ベリリウムは思わず昼食のチョコデニッシュを取り落としそうになった。

  この妙に朗らかな甘い声。

「何やチモンか?入って来たらええやん」

  戸口の方に姿を認め、しゃあないな、とベリリウムはデニッシュを片手にアンチモンの元へと向かう。やたら急いた様子だが、何かあったんだろうか。

  顔を合わせると、そのまま廊下に引きずり出される。その勢いで、ベリー、よう聞いたってや、とアンチモンが言い出したことに、ベリリウムは驚愕した。

「何や、そんな焦って」

「あんな…スズが、妊娠したかもしれん」

「………はいぃ!?お前、お姫さん孕ましたんか!?」

「ちゃうわ阿呆!つーか声デカいわ!……俺やないて。そんでも、気持ち悪い、やとかこんな時におってくれへん、とかゆうてて…」

「まんまマタニティーブルーやないかい」

「せやろ!」

「せやな」

   ………。せやな、とは言ったものの。正直、友人が妊娠しただなんて、ちょっと迂闊には受け入れられない。とりあえず、

「……父親は?」

   そう聞くと、アンチモンが眉を下げた。

「多分、リード」

「ならええやんか。よう分からん行きずりの男の子ぉとちゃうんやろ?」

「まぁ、せやけどさ…」

   そんでもなぁ、と肩を落とすアンチモンに、何故かはよく分からないがベリリウムは慰めの言葉をかける。

「鉛ならきっと認知するて。ほら、考えてみぃ?もしこれがタングステンとかの子やとかゆうたら」

「泣かんばならんわ」

 即答。わーお。思わず肩をすくめる。

「……そやし。祝っといたろ、な?」

「せやけどさぁ~!!」

 泣きついてくるアンチモンをよしよしとあやしながら、往来で何しとんねん自分、とベリリウムは苦笑した。ただでさえこの白衣姿の男は「顔は悪くないけど胡散臭い健康アドバイザー」として無駄に学年では有名だというのに。ほぅら、人が寄ってきおった。見慣れた白衣の悪魔もいてるで。

「……え、白衣の悪魔?」

「は!?って、リードやん!」

 なんと、自分たちを取り囲み始めた人混みの後ろに、事の当事者である鉛がいたのだ。何の騒ぎだろうというように、壁を掻き分けてこちらにやって来ようとしている。

「ベリー行くで、スズんとこに連れていかな!」

「あ、はいな!」

 まぁ、あのポイズン部の姫君を孕ませたというなら責任は取るべきだろう。何かおかしゅうないか、と首をかしげながらも、アンチモンに腕を引っぱられながらベリリウムは走り出した。

 

:::

 すげえ人だかりだな、と覗き込んだら、廊下の真ん中でアンチモンとベリリウムが抱き合っていた。そりゃあ人もたかるわな、とは思うが、それはPE7内だけで許されるテンションだ。衆人環視の中でやるのはねぇ。しかも普通の元素もいるんだし。ということで鉛が二人を止めに入ろうとしたところで、急に顔を上げたアンチモンがベリリウムを引っ張ってこちらにやって来た。やけに真剣な形相だ。

「おい、リード!お前どういうこっちゃねん!」

  そしていきなり詰め寄られる。

「どういうこっちゃねんって言われても…てか喋り方が若干ベリー入ってるよ、チモン」

「よう分かんなぁ、お前」

「まぁね、お前のが大阪寄りじゃないの、ベリー」

「ああ、さよか」

「さよかやないて!納得せんといて!」

  言いながらアンチモンが薄くベリリウムのみぞおちにフックをかました。…前言撤回。薄くじゃねぇな。結構がっちり入ってるわ。うずくまったベリリウムを見て、案外力あるんだから迂闊に殴んなよ、と言おうと思ったがやめた。今はその話ではない。

  それにしても、だ。普段割と静かに話す――アル金と比較してだが――アンチモンがここまで吠えかかってくるのも珍しい。何かよほどの事があったのだろうが、さて何だろう。

「…で、どうしたの。廊下でいきなり抱き合ったりしてさぁ、目立ってたよ」

  周囲の人だかりは既に散っている。きちんとそれを確認した上で鉛は聞いた。

  だが。

「なんや、ここまで来てこのメンツでしらばっくれるんか!」

「いや、しらばっくれるってなんだよ。俺お前らに隠してることなんてな…くもないか、うん」

「そこであるゆうたらアカンやろ」

  やはりアンチモンの剣幕は変わらない。ツッコミを狙ってボケてみたがノッてくれたのは復活したベリリウムだけだった。

「…いや、マジで。特に思い付かないよ?俺最近良い子だもん」

「どこがや!」

  言葉と共に飛んできたアッパーを仰け反ってかわす。

「待てって、本当に何のこと?なんもしてねえって、俺」

「嘘、吐くな!せやって、明らか見ておかしいのお前かて知っとるんやろ!」

  ライト、レフト、再びのアッパーからの…蹴りはナシだろ!?

  流石に白衣のポケットに突っ込んでいた両手を出した。バランスを崩して転倒しかねない。

「何が!てか何についてだよ!正直隠し事だけじゃ思い当たる節が多すぎてわかんねぇって!」

  釈明の叫びは届くことなく、最後はストレート。八割方手加減なしでみぞおちにアンチモンの拳がクリーンヒットし、とうとう鉛は片膝をついた。うえっ、となんとも情けない声が漏れる。

  顔を上げると、ベリリウムに背後からホールドされたアンチモンが、ビシィっとこちらに人差し指を突きつけてきた。

「せやって、お前、……スズんこと妊娠させたんやろ!!」

 ………。

「はぁ!!?」

  一瞬何を言われたのか全く理解できなかったが、できたならできたで、え、待てよ、ちょっと、はい!?

「何その話、え、スズが!?」

「何、俺がどうかしたって?」

「わ、本人!」

「なんやこのタイミング」

「どういうことだよ、もう!」

  呆気に取られながら叫んだ後ろから、当事者の声が聞こえたもんで今度は皆で叫んだ。寝乱れたような髪のスズが、いつもより少しだるげに歩いてくる。そう言えば、昨夜は緊張してあまり眠れなかったと言っていたが。

「白衣二人が廊下で怒鳴りあってるとかどこのラノベ?せめて教室でやれよ、ってか、俺がどうかしたの?」

  ほわほわとしながらも冷静なスズの口調に、なんだか頭が冷めた。それが分かったのか、ほら行くよ、と手首を捕まれる。

「まぁ、とにかく」

「…せやね」

  アンチモンと頷き合う。そのまま困惑もあらわなベリリウムをひっつかみ、謎の尋問部隊は三年エンシェントの教室へと向かった。

 

:::​

 

  窓際の後ろ。昼寝にも最適な位置。アンチモンが席に座ってしまったので仕方なく立っていると、鉛が話を再開させた。

「で、さっきの。スズが妊娠したって何の話?」

  先ほどとは変わってやたら冷静に切り出した鉛に、当事者のスズは思わず髪をほどく手を止めた。

  俺って、妊娠してたの?自分でも知らない内にって聖母マリアかよ。そんなツッコミを入れようと思ったが、考え直して遊ぶことにした。

「……どうして、どうして分かったの?まだ誰にも…言えなかったのに…」

  少し俯きがちに呟く。すると、

「おっ……ま、リード!貴様外道やな!なんやスズも、言わんかったんか!」

  ぷるぷると怒鳴ったアンチモンは、なんと涙目だ。昔からやたら涙もろい奴だったが、これ演技じゃないよな、まさか。

  ともかく、面白い具合にアンチモンが話を煽ってくれた。ベリリウムがマジかよとでも言いたげに、顔をそらす。

「ほんまかいな…やっぱ父親って…」

  深刻げな台詞を受け、スズは隣の鉛に腕を絡めた。そして、

「うん…思い当たるの、リードしかいない」

「おいリードォォォォオ」

「ちょっと待ったァァァア!!スタンも何言ってんだよ、話掻き回して遊ばないで!」

  絶叫したアンチモンに、たまらなくなったのかとうとう鉛もキレた。スタン、だって。スズのラテン語名スタンナムを縮めたものだが、二人の時にしか呼ばない名で呼んでしまうほど切羽詰まっているらしい。顔には出さないが、スズはクスリと笑った。普段飄々と生きている鉛の、たまに出るこういうやたら人間臭い感じが好きだ。

「そもそも!こいつ男だろ、妊娠なんてする訳ないじゃんか!」

「俺たち性別とかあってないようなもんでしょ」

「スズの言う通りや!」

「生物学の壁をそう軽々しく乗り越えてはいけませんッ!…てか何でそんな話になったんだよ、そこまだ聞いてないんだけど」

  鉛の一言にアンチモンがうぐっと黙った。代わりに、半分呆れ、半分投げたような笑みを浮かべてベリリウムが言葉を引き取る。

「今日、あんまスズ、元気やなかったらしい聞いてな。気持ち悪いやら不安やらゆうとる、つって」

「ああ、だからか」

  確かに、そんなことをアンチモンに答えたし、変に医学に精通している彼がそれを妊娠の初期症状と考えたとしても何らおかしくはないが。にしても俺の事なんだと思ってるんだろ。

「せや…なぁ、でもその言い方やとちゃうの?何なん、一体」

  アンチモンが心配そうにこちらを覗き込んでくる。その瞳の中に少しの好奇心を見つけて、スズは苦笑した。単純な思いやりだけではない、そこに己の欲がにじんでこそのエンシェントポイズンだ。

  絡ませた腕を引っ張る。長い前髪の隙間から見えた青灰色の瞳にサインを送ると、鉛が盛大に溜め息をついた。承諾してくれたらしい。ありがとうの意を込めて、指まで絡ませると、握り返してくれた。

「あのねぇ…もうどこから突っ込んだら良いのか分かんないけど、別にこいつは妊娠なんてしてない。今日、新しい合成に出向くんだよ」

「え、……合成?」

「そうなん?」

  鉛の言葉に目をぱちくりとさせるアンチモンとベリリウム。そりゃそうか、驚くよね。かというスズ自身も、合成の通達が来たのがほんの昨日の事なので未だに落ち着かない気持ちでいるのだし。

 合成とは、世界に存在する既存の物質を、具現化した元素たち自身に当てはめ、化合物自体として体現者を再召喚する事である。特にその化合物内に金属が含まれる場合、具現化された姿は元の金属単体が従えた非金属のイオンによってかなり変化したものになるため、自分のからだの変化が激しい場合少なからずショックを受けることがあるのだ。

「へぇ…にしても、何系のイオンが来るん」

  アンチモンに聞かれて鉛が答える気配がないので、仕方なくスズは口を開く。

「水酸化物」

「うえ、マジか。水酸化物な…」

  ベリリウムが顔をしかめたのはもっともだ。水酸化物イオンを従えるとかなり外見が変化する。

「だからさ、やたら緊張して昨日の夜もあんまり眠れなくって…しかも酸化数4で化合だから、俺絶対性格も見た目も豹変してるよ。それが不安だから錯イオン山ほど持ってる鉄か銅になんか聞こうと思ったのに二人ともいないしさ…。やだなー合成やだなぁー」

 やだなぁと体を揺らすと、子供じゃないんだからやめなさい、とたしなめられた。何だか俺がガキみたいじゃん、と思ったが、これ以上はやめた。人前だ。

「はぁ、なんや、そういう事か…妊娠やなかったんね…」

  アンチモンの納得のため息に、とりあえず場は安堵する。…いや、勘違いし出したのは向こうからなんだけど。それでも、ようやく昼休みに勃発したスズの妊娠騒動に、カタが付こうとしていた。

  が。

「ほんでも、別に俺は疑わへんけどな、お前が妊娠したゆうても。そないにラブラブなんやろ?」

「え」

「あ」

  何でもなさげな顔で、ベリリウムがこちらの繋いだ手を指差した。

  離す?…なんかもう、今さらじゃね?

「今更じゃないって!」

  パッと手が離れた。まぁ、それもそうかと思い直す。ただそれ、認めてるに他ならない気がするんだけど。ただどうしたら正解だったんだろ、と考えてみるも答えは見つからなかった。

「ええなぁ、俺も可愛え彼女欲しいわ」

「あっつあつやんなぁ。てか同じエンシェントのはずなのに何でそこでくっつくの。俺仲間はずれやの」

「うるさい」

 

  こうして、三年毒物男子のアホな昼休みは過ぎていったのだった。

  このあと、生成された水酸化スズ(Ⅳ)の見た目に野次馬で合成を見に行った阿呆たちが奇声を発して驚くのは、また別の話である。

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