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昼下がりの黒い嫉妬と
白いシーツ

鉛×スズのR-18。長く生きている事で徐々に空いた虚を、互いに埋め合いたい。

​大体闇が深そうなのはゆるふわ厭世ビッチことスズですが、弱みを見せない鉛も、迫害を受けて来たんス。

​スズ→鉛は英名のリード呼び。何となく暗い話。

 ふふっ。

 小声でじゃれるように笑う。

「あ……んッ」

  体の輪郭はもう溶けた気がする。やたら低い融点のせいかな。ついでに脳髄も。先に溶けたのは多分、前頭葉。理性を司るらしいから。あんなの、最初から要らないのにさ。

「リー…ド、…ん」

  息を乱して。倫理を忘れて。愚かしい快楽へと身を溺れさせられる俺と、溺れさせるお前。おかしくなったのはどっち?先に狂ったのは、どっちなんだろうね。

  古代から存在を認知され、異質なものとして歴史を歩んできた俺たちは、そのあまりにも長すぎる人生に倦み果て、そのうち生の尊さを軽んじるようになった。ましてや今俺を攻め立てる鉛など、良いように使われるだけ使われて、やがて潮が引くように文明から追放されたのだ。一体その身の内に如何程の虚無感を孕んでいるのやら。

「スタン、何考えてんの」

  まさか、他の奴の事じゃないよね。鉛がそう尋ねてくる。いつも前髪で隠されてしまっている瞳が、今は熱っぽく輝いていた。灰色と青の中間、綺麗な色。そして冷たい色だ。

「そうだ、って言ったら?」

  特に何も考えずに、言葉を放り出す。はだけたシャツ。ほどけた髪。後で結い直さなくちゃな。

  見てみたかった、というのもある。試してみたかったというか。基本的に鉛は感情が外からは見えなくて、おどけたフリをしながら飄々と生きている。それが、こんな一言で果たして乱れてくれるのか。その密着して一体化してしまったような仮面が、少しでも動くのか、と。

  敢えて目を合わせない。耳だけで言葉を待つ。

 少しの沈黙。やがて。

「スタン、言葉遊びは良くないよ」

「え…、ぁ、あっ、や、んッ!」

  いきなりだった。これじゃまるで合意なしみたいな。とか呑気に状況を見てる場合じゃない。突然鉛の目の色が変わった。

「まっ…、リード、や、ぁっ、だめっ」

  乱暴に揺さぶられてがくがくと視界がブレる中、やだ、やめてと必死に懇願する。しがみついてようやくおさまった動きに、驚いて、怖くなった。何が、彼の重たい感情にヒットしたのか。見上げた瞳にはいつもの揶揄を含んだ冷静な色はなく、開き気味の瞳孔がこちらを鋭く見据えている。

「ねぇ、他の奴って誰のこと?昔寝た相手?答えろよ」

  酷薄な声。淡々と、しかし確実に問い詰められ、息を呑む。なんだこれ。まるで、殺意じゃないか。少なくとも体を繋げているような状態ではまずもって発生し得ない雰囲気だ。

「ごめん…冗談」

  首を絞められているかのように、息が苦しかった。喘いで呼吸を求めるようにやっとの思いで一言吐き出す。すると、次第に鉛の瞳が光を取り戻してきた。そして、はあっ、とため息をついたかと思うと急に倒れ込んでくる。

「……あー。だよね。何マジになってんだろ、俺」

  超ハズい。そうこちらの首筋に顔を埋めながらもごもごと呟く鉛。呼吸を取り戻しながらそっと彼の背に腕を回すと、鎖骨を甘噛みされた。

「いきなり、びっくりしたよ。何で怒ったの?」

「いや…怒ったって言うか…」

  普段通りの口調を心がけながらも、実はまだ少し、怖くて腕が震えている。ついでに声も。悟られないようにじゃあ、何、と聞くと、伏したまま鉛が顔だけ上げた。

「妬いた」

「え…」

  思いもよらない言葉が出てきて、何も言えなかった。

 妬いた。その一言、飲み込めなくて。

 音を何度もなぞり、四五回繰り返してようやく嚥下する。そしてやはり、何も言うことが出来なくなった。

 黙っているうちに、鉛がバッと身を起こす。

「あのさぁ、…その、あんま煽んないでよ」

  ごまかすように早口で言った鉛が、一度言葉を切った。刹那言い淀み、やがて顔を背けて小さく口を開く。

「お前、こういう情感べっとりでしつこいの好きじゃないじゃん。だから俺だって何も言わないんだからさ、…お前もさっきみたいの、俺に言わせないで」

「…どういう事?」

「……ッ、だから、お前嫉妬されたりすんの嫌いだろ?だからあんまり煽って言わせないでって話。俺だって飛んじゃうから、色々」

「待って」

  遮った。同時に、信じられない気がした。

「ねぇ、嫉妬って俺に?お前、俺にそんな感情抱くの?」

  目を見張る。俺、まさか。

「愛されてるの…っ?」

「……、逆にお前は俺を何だと思ってんの。俺は本気で好きになった相手としか寝ないって」

「嘘…」

  いつも。好きだとか、言ってくれたことなかったじゃん。我ながらなんつー女々しい考えだと呆れるが、それよりも先に、じわっと目頭に来た。

「嘘じゃないけどさ。こういうの、嫌いでしょ」

「それはどうでもいい相手だけだって!」

  反論を口にした瞬間、涙が溢れてきた。何で泣いてんだよ。何が悲しいんだよ。自分でもよく分からないけどさ。とにかく、嬉しさと悲しみがない交ぜになって、感情の収拾がつかなくなる。半ば叫んでいた。ヒステリックに。

「確かに、確かにさ、一度誘いに乗っただけで恋人面してくるようなやつ多いから、そういうのはウザイし嫌いだよ。でも、お前基本的に感情分かんないから…今さら愛されたいとか言って関係壊すのもやだったし…!」

  ああ、俺。愛されたかったのかな。こんなアホい台詞吐いてみたりしてさ。みっともない。そんなんで不安だとか、もう…

「馬鹿みたいだ」

  あーあ、どっちらけちゃった。しかも頭悪い女子みたいな言葉。退廃気取って結局そこか、的なね。ダサいのもいいとこだ。挙げ句泣きわめいてさぁ。

 もう終わった。簡単にコクってくるような女とか笑えるってお前よく言ってたしね。馬鹿が嫌いなの、知ってるから。言いたくなかったのに。気づかせたくなかったのに。

 

 がばっ。

 

「リードっ?、んっ、あぁ…ッ!」

 

 唐突に。何も言わずに。抱き起こされた。自重で更に深くまで入ってきてもうヤバいとか意識飛びかけたとか、そんなんじゃなく。膝の上に乗っけられたまま強く抱き締められた。

「あっ、リード…?」

 肩からシャツが滑り落ちる。痛いほどに抱いてくるその体は、微かに震えていた。

「お前さ…そんなこと言っていいの…?俺、面倒だから言わなかったけど普通に病んでるよ。すげぇ重いし、嫉妬も束縛も依存も、多分ヤバいし。きっとさ、お前が他のやつと寝たとか言ったらさ、俺、…マジになったら、多分監禁とかしちゃうよ。そーゆうのどうかって話だしさ、俺、お前に嫌われたくないけど…間違いなく自制とか、無理だ」

「リード…」

 こんだけ、人生投げるほど長々と生きてきた中で、初めて聞いた鉛の血を吐くような告白。律せる自信がなかったから出さなかった。いつも余裕かまして生きてた癖に、中身はこんなにも不安定だったなんて。

「馬鹿なのは、お前もか」

 泣きながら、笑った。俺たち、ホントどうしようもないねって。こんなぐずぐずでさ、まるではんだの融点だ。

 そっと鉛の髪を梳く。光沢のある黒。改めて、心からこの人が好きだと思った。愛したいと。愛して欲しいと。爛れてるなんて今更。癒着してしまってるくらいで丁度いい。

「リード…、俺、お前の事好きだよ。だからさ、お前と結構真剣な関係になってから、俺他に誰とも寝てないの」

 これは、本来言うつもりの無いことだった。鉛が嫉妬してくれるというのが予想外だったから。フランクな関係には不必要な執着だ。

「本当?」

「本当。喋りはするけど、そっから先は何も」

 探るように縋るように、鉛が見つめてくる。俺は、笑った。

「決めたから。お前だけのものになるって。だからさ、お前も俺だけを見てよ。俺を、俺だけを愛して。言葉とか態度がないと、分かんないから。そういうのが欲しいんだよ」

 鉛が目を見開く。わがまま?と訊くと、黙って首を振った。

「でも、それじゃあ本当にいいんだね?俺つきまとうよ。ハイパー重いよ。それでも好きになって、好きだって言っていいんだね?」

「しつこい。てか今までは好きじゃなかった訳?」

「あ、いや、そうじゃないけど」

 慌てて目を反らす鉛。その様子がおかしくて、思わず笑った。さっきとは違う、悲しいのじゃなくて。あったかいような、そんな。

 そっと肩を押された。ベッドに体が倒れる。寮の二人部屋。今日は揃って風邪で休みという事にしてあった。誰も邪魔は出来ない、二人だけの世界の昼下がり。

「好きだよ、スタン。もう離れない」

「流石にトイレとかは…」

「いやいや、こういうシーンでそういう茶々は要らないって」

「なんか、その台詞メタくない?」

「誰が言わせたんだよ」

 なら言わせんなって。小突かれて、キスされた。全部溶けてしまうような。400度もないだろうけど、溶かせる。溶ける。わだかまりも悲しみも全て。

 仮にこの幸せの背景がみんな不幸だったとしても。まぁ、いいかな。幸福の部分がこんなに大きいんだから。そこだけを見て生きていけばいいんだし。

 都合のいい解釈はよそに任せ、俺と鉛は再びシーツの白へと沈んでいった。

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