9月8日
テオドールとジャックさんの話、というには若干微妙。ベリエス視点。
同い年で同じ環境で育った相手として、ベリエスはテオドールを心配してるけれど大丈夫、俺だってわかってるよ、と言いたいテオドール。
CPを組んでいただいて2周年、大感謝です。・・と言いつつ大遅刻だけれど。
仕事終わりに突然花屋に寄って、だなんて言い出すものだから何なんだと思ったが、何となく行動が読めた。理由は分からないけれど。花束、随分と凝ったものを注文したものだが、あまりサイズが大きくないことを考えると、きっとすぐに持って帰るような感じには今夜はならないのだろう。全く、拠点でボスに仕事の報告してから帰宅って最初から分かってただろうに、どうして「たまには俺の車で行く?」なんて誘いに乗ってしまったのだろう。朝の自分の判断を若干後悔しながら、ベリエスはシャワーのコックをひねって湯を止めた。
ここはどこかというと、欧州のとある地に拠点を置く一大マフィア・ゴエティアの拠点ビルである。・・・アングラな組織の割にやたら福利厚生が凄いのがこのマフィアの大きな特徴なのだが、このシャワールームもその一環で今のボスが就任直後に導入したものなんだそうだ。一応オフィスになっているビルの裏側に正式な構成員の為の宿舎があったりはするのだが、そこに入居していない人間のためにこのシャワールームは24時間で稼働していて、泊まり込みの開発員や自分たち暗殺部隊が仕事終わりなんかによく利用しているようなのだが―――今日は大変珍しく、普段からよくシャワーを浴びてから帰るベリエスと違って常に直帰なこの男も、シャワールームを利用していた。
前髪伸びたな、切らないと。そんなことを考えながら髪をかき上げ、戸に引っ掛けておいたバスタオルを手に取る。軽く上半身を拭ってから適当に腰に巻き付けて外に出ると、同時に隣のブースの戸が開いて、男が出てきた。そして開口一番、
「・・・ちょっと腹筋落ちた?お前」
「うるさいよ、落ちてないし最初から筋肉皆無なお前が言うなお前が」
「うわ酷い、感想言っただけなのに暴言吐かれた。裁判官のくせに言葉が悪いぞ」
「今それ関係ないでしょ」
言い返したもののちょっと痛いところを突かれたので、お返しとばかりに相手の身体を丁寧に眺めてやる。薄い切り傷だらけの腕、細い肩、そして、明らかに位置の違うウエストのくびれやどこか丸みを帯びた体のライン。意味ありげに笑ってやれば、いかにもドン引きな表情に変わった。
「・・・変態。」
「ははっ、ホント、二次性徴前の子がそのまま大きくなった感じだねぇ。男女の違いが出るはずの特徴が何もない、どころか・・・まぁ、年取ると男って男性ホルモン減ってくってホントなんだなって、痛感するよね」
「うっさいな、そこ笑うなよ!このペドフィリアが・・・ッ」
恨めしげに言いながら、テオドールが体の前をバスタオルで隠してしまった。はい、負けを認めたわけね。ああ面白い。
「大丈夫、その点については俺もお前も10年前なら同罪だから」
「大丈夫じゃねぇよ、ジャック君は10年前でももうハイティーン差し掛かりだけど、約定君なんてまだ10歳にもならないじゃないか。犯罪臭はお前の方が遥かに上だっての」
「とはいえ両方逮捕には変わらないから、最終的には同じよ。そして10年前、俺たちは既にマフィアの首領直属のアサシン。逮捕されたとしても表には出ないし、起訴もされない」
「首領直属レベルのアサシンの逮捕理由が未成年との姦通とか笑えないっての」
穏やかな法廷スマイルで説いてみたがあっさり吐き捨てられてしまった。おかしいな、大体これで女性被疑者ならイチコロなんだけど・・あ、一応こいつ男だったわ。
まぁ、そんなことは置いておいて。何だか顔を合わせているとあっちが着替えづらそうだったので、くるっと背を向け、ベリエスは自分の着替えに手を伸ばす。下着が終わってシャツに手を伸ばしたところでようやく安心したのか、ぶつぶつと何か文句を言いながらテオドールは着替え始めたようだった。
「・・・」
大事そうに置いてある、花束。赤いツバキとハナミズキは枝ごとか。花言葉はそれぞれ、
「You‘re a flame in my heart.(あなたは私の胸の中で炎のように輝く)」
「Am I indifferent to you?(私があなたに関心がないとでも?)」
・・・のっけから随分と煽情的な。そして、若干ハナミズキに埋もれ気味なものの混ざっているのはナズナか?花言葉は
「I offer you my all.(あなたに私のすべてを捧げます)」
・・・・。
「彼、花言葉に詳しいタイプなの?」
「へひゃっ!!?」
思わず口をついた言葉に、テオドールが結構オーバーに反応する。四十路で奇声は痛いぞ、と思いながらも、尋ねざるを得なかった。
「これさぁ・・・理解して貰えなかったら貰えなかったで恥ずかしいけど、全部理解されたら理解されたで恥ずかしくない?」
「えっ、いや、というか彼って何のことよ」
「おいおいここまで来てごまかす?自分の車で珍しく仕事場まで向かって?いつもは絶対直帰なのに今日に限ってシャワー浴びてしかも随分いいスーツ持ってきてるじゃないの、確か去年フルオーダーで作ったやつだろ。極めつけはそれ、絶対シャワーだけの荷物量じゃないよね。一泊なんて珍しい、なんかの記念日ですかー?お泊りデートですかー」
その無駄に生娘のような反応にイラっとして、続けざまに全部叩き付けた。ひぇっ、とテオドールが変な怯え方をする。
「や、ちょっ、気づいても言うなって・・。せっかく黙って出て来たってのに、・・あ、お願いだからヨハンには言わないでよ!?つか絶対誰にも言っちゃダメだからね、一人で帰ってもらう詫びついでに今度なんかお礼するから!」
「いや・・・別にいいけどさ、そんな。つか隠される方がヨハンも怒るんじゃ?」
「お前だって知ってるでしょ、これ以上は俺が悲しくなるから言わせないで。・・恋人と、弟が、って話なんてさ」
「・・・・。」
ふい、と会話を打ち切ったテオドールが、眼鏡眼鏡、とテーブルの上で手をさまよわせていた。ちょっと離れていたので、取って渡してやる。
「ちょっとねじ緩んでるんだよね。直してもらうか・・新しいの買うかなぁ」
言いつつそっとその銀縁の眼鏡を掛ける所作が、一度も本人には言った事はないが、昔からベリエスは好きだった。あんなに荒れてたこいつが、大人しく誰かのものに、ねぇ。
随分と穏やかな顔で花束を見つめている、テオドール。マゼンタの瞳が、優しげに微笑む。
「・・・・、・・まぁ、いいんだけど、さ。」
別に、現状喜ばしい事なのだ。何も文句を言う必要はないのだけれど。
とりあえず、一度ヨハンと話をした方がいいんじゃない?
何となく、そう思うのだ。