私にとって・1
樋口先生にとってセックスとは。ぬるいけどR18だしがっつり同性愛。最後は夏目先生からのネタバラし。
夏目先生は学校じゃ夏目司だけど、おうちだと樋口司なんだよーっていうアレ。
樋口先生に昔何があったのかはいつか四天王・湯浅のターンで。多分。
この二人は同性愛者というより、離れて生きることが考えられない、って感じ。だから結婚に近い形で二人で暮らしてます。
夏目司(本当は樋口司)先生と、樋口七海先生のはなし。
殊に私にとってセックスは、そこに至るまでの過程がなかなかに面倒なものである。というのも、たとえ性欲がふと湧いたとしても心の余裕が無ければそれはフラッシュバックの誘導体にしかならないし、性欲があって心に余裕があったとしても、何かスイッチが上手く入らないと結局行動にまで結びつかないことが多い。更に、自分で言うのもアレだが、結構私はプライドが高い方である、らしい。だから仮に上記の3条件が上手く揃ったとしても、どうしても羞恥が先に出てしまって自分から誘うだなんてこと、できた例がないのだ。
したがって司は、そういう意味でもとても相性の良いパートナーなのである。というのも、こちらから誘わなくても大体こっちがしたいと思った時に、まるで心を読まれてるんじゃないかというくらいピッタリなタイミングで誘ってくれるのだ。軽いものは週に2回くらい。そして週末にはちょっと激しいものを。その他キスくらいなら日に何度もするし、逆に私の調子が悪ければ3~4週間全く触れて来もせず待ってくれる(私の記憶が飛んでいるだけかもしれないが)ことも、普通だ。
だから、いつもそこまでしてくれる司だからこそ私だって誘われたら余程のことが無い限り断らないようにしているし、・・というかそもそも司が誘ってくる時というのは私もまた本当にそういう欲求が高まっている時であり、別に断る理由もない。だから例えそういう雰囲気になってふと目が合ったとしても、どうしても一瞬の恥ずかしさが勝って涼しい顔をしてしまっているうちに先に向こうから誘われてしまうのであって、毎度複雑な思いをするのである。
・・今日こそは私から言うんだ、と私は決めていた。いい加減何度目の決心だという話だが、今日こそ絶対に私から誘うんだ、と今度こそ本気で私も腹を括ったのである。明日は土曜日で特に予定もなく、夕食も終え、先にお風呂に入って体だって綺麗にした。あとは一言いうだけ、それなのに、――――私はやはり現在に至ってもその一言を、なかなか言えずにいたのである。
タオルで髪を拭きながらリビングに戻ると、ほらよ、とアイスコーヒーを渡されたので受け取った。彼のグラスはもうじき空になるくらいの量だったので、多分飲み切ってから風呂に行くんだろう。それまでには、言わなきゃ。そうは思ってはいるものの、やっぱり言葉が出ない。もう心も体も完全にスイッチが入っているというのに、誘われるの待ちなんて男らしくない、とかそんなことは分かっている。分かっているのだ。けれど、既に一緒に住み始めて10年以上、今更顔を見て赤くなったり、なんていう初心な反応もできないので、私はソファーにぽすんと腰掛け、ただグラスに揺れる黒い水面を見つめているしかなかった。
考えれば考えるほど分からなくなってくる。だがこればかりはどんな研究論文や実験結果を参照してもきっと見当たらないのだろう、恋人への、夜のお誘いの言葉なんて。というかそういった関係の本やネットコラムなんてもうURLを覚えるほど読んだし。大学時代にも取れる量限界まで主専攻の有機化学以外にも哲学やら心理学、犯罪学、演劇学などの授業を詰め込んでいたため、多分恋愛に関してだって多方面からの多くの知識は持っているはずなのだ。なのに、たった一言、今言うべき言葉が見つからない。
ふと、視界の端で司がコーヒーのグラスを呷ったのが見えた。まずい、きっと今言えなかったら、司がお風呂に入っている間にきっと私の方が冷静になってしまう。ああ、でも何て言えばいいんだ。まさかストレートにえっちしましょ、なんて言えるわけもないし。かといってこのまま黙ってたら?下手したら別に司は今日はしたくない日かもしれない。だとしたら熱を持て余した体はどうしたらいい?どうにもならないじゃないか。
するり、と司が薬指から指輪を外してテーブルに置いた。ああ、間に合わない。
ぎゅっとグラスを握りしめた、その時。
「なぁ」
話しかけられた。は、と顔を上げる。
ジャケットを脱ぎながら司が何の気も無いように言った。
「髪、きちんと乾かしとけよ。濡れたままベッド行くと寝ぐせ付くし風邪ひくぞ」
「・・・え、あ」
ベッド。
呟くと、司が、にやり、と笑う。それは普段学校で生徒の前では絶対に見せない、雄の顔だった。
あ、私、食べられる。
ぞく、と背筋が震えた。もう、自分から言えなかったことなんて、どうでも良くなっていた。
したい。早く、欲しい。そんな私の思いを見透かし、さらに焚きつける様に思わせぶりな笑みを浮かべた司は、心配しないでも寝かせてやらねぇよ、とだけ言い残してリビングから消えた。
別に心配なんて、と言いかけて、口をつぐんだ。指先から伝うグラスの結露が手首を伝って肘へ流れる。そのこそばゆい刺激にですら息を乱すほどに気を高ぶらせていた私は、小さな敗北感をも忘れてすぐさま立ち上がり、ヘアドライヤーの元へ向かったのだった。