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父親と教師

細川親子現パロ・学パロ。藤孝が現代文教師で、忠興がひねくれた生徒。

​やっぱ親子って親子だよねぇって話。

「これは・・・うーん、完全正答扱いするのはちょっと、甘いかなぁ・・」

 しゃっ、と△をくれる。迷ったが、中には6の文字を。いい線はいってる。だが、あと少し、言葉が足りないのだ。

「勉強してるのはよくわかるけど、私の話を暗記したくらいじゃあ、丸はくれられませんね」

 よーし、と全体に目を走らせて、上に書いた数字を足していく。73点。もう少し、頑張れ。

 さぁて次だ。解答用紙をはぐり、また一枚、採点済みの紙の山に積み重ねられる、生徒の50分間の総力。

 夕闇が近づく国語科準備室で、現代文教師の細川藤孝は一人、中間考査の採点を行っていた。

 

 

 これ以上視力を落とすとマズいのは分かっているが、面倒臭さが先行して電気はつけていない。というより、元からあまり人工的な明るさというものが好きではないのだ。

 流石に今ではもう使ってはいないが、藤孝の家は少し先祖をさかのぼれる旧家で、子供の頃の家の明かりといえば、蝋燭が当たり前だった。学校で蛍光灯を見ていたので大人になってカルチャーショックを受けることようなは無かったが、やはり、時々あのうっすらとした明るさが恋しくなるときもある。

 石田三成、彼の回答は決まりきったものが多い。筋は通っているが、行間に見える自己主張の激しさが、原点の対象となってしまう。大谷吉継、彼は非常に現代文では優秀だが、なぜか裏切り者、またはヘタレが出てくる話を題材にするといきなり記述が狂暴化する。今回の話―――とある学生が、親友と同じ女性を好いてしまい、友情と恋情の狭間で揺れ、最終的には親友を裏切って恋人を得るが、その親友は唐突に自殺してしまう、という切ない話なのだが、親友の自殺の様子を目の当たりにした瞬間の主人公の気持ちを70字で問うたところ、大谷の解答欄では、主人公に対する大糾弾大会が繰り広げられていた。裏切りかヘタレに、何か恨みでもあるのだろうか。当たっていないこともなかったので、完答7点のところ2点くれてやった。

 文系クラスなせいか、このクラスの平均点は悪くないので、あれこれ教え方を悩む必要は“さほど”無い。だが、こいつだけは。

 ぺら、と採点し終わった解答用紙をめくって現れた、次の答案。

 同じ名字、見覚えのある名前。

 はぁ、見覚えがあるだなんて、なんて白々しい。

 

「・・・自分で付けた癖にねぇ」

 

 二年一組二十七番。端正な文字は、自分の添削の文字にあまりにもそっくりで、むしろ気味悪ささえ覚える。

 

「・・・・さて、やるか」

 

 一つ、大きく溜息。細かく埋められた文字、筆跡は薄い。

 

 自分の息子のテストを自分で採点する、とは、やはり変な感じがするものだ。

 だが、仕方がないな、藤孝は愛用の0.28㎜芯の赤ペンを持ちかえた。

 

 

 

 

 悔しいが、まぁ、自分の子供だと思えば仕方なくも感じる。だってなぁ、国語じゃ神と歌われた私の息子だぞ。むしろ、その才能をありがたく思え、って話だ。高校生時代、模試の国語で何回か連続で100点を取り続けたら、教師に国語の成績だけならどこにでも行けると言わせしめたんだったか、などと懐かしいことを思い出しながら、藤孝は採点を進める。多くのものが引っかかっていた先ほどの記述問題には、実は授業で強調した以外にも入れてほしい裏キーワードが存在するのだが、忠興の解答は、父であり現代文の教科担任である藤孝へのあてつけのように、ギリギリまでいらない文言を削りつつも一つも外すことなくキーワードを盛り込んであり、完璧としか言いようがなかった。

 少し微妙な気分になりながらも、丸を書く。ここまで採点していて、この問題に丸を付けたのはこいつが初めてだ。

 

『血は争えないものですよ、藤孝先生』

 

 ふと、同僚の数学教師・明智光秀の言葉がよみがえる。彼のご息女・玉子は確かに光秀に割とよく似ていた。(付け加えると、藤孝には何がいいんだかさっぱりわからないが、玉子は忠興を彼氏としている。)

 

「血は争えない、ねぇ」

 

 ま、その通りなのかもしれないけど。

 

 次の大問の採点に取り掛かろうとして回答を一瞥したその時。

「・・・ん?」

 藤孝は、とても奇妙な状態を見た。

 状態を見た、としか言いようがないこの状況。

「・・・あいつ、何がしたいんだろう」

 なんと、次の大問が、まるまる空欄だったのである。

 

 

 まず第一に浮かんだのは、時間がなかったのではないのか、ということだ。よく見れば、大問の中の最初の記号問題、書いて消した後がある。取り掛かったはいいが、間違っていることに気が付いて消した所で時間切れ、と言ったところだろうか。

 だが、と藤孝は思い直す。今までに一度でもそんなことがあったか?・・・いや、無い。そんな無駄なことで点数を落とすほど馬鹿な奴じゃあないはずだ。そういえば、今回の現代文の試験監督の伊達輝宗先生と話をする機会があって、その時に、アイツが一番に解き終わって、しばらくシャーペンを回して暇そうにしていた、と言われたじゃないか。じゃあ時間が足りなかった訳じゃないんだろう。

 難しくて解くのを諦めたとか。・・・そんな訳ない。だって、これは自分が教えた話じゃないんだから。仮に藤孝自身で教えている現代文の話だとしたら、いつも授業になるたびに忠興は教室から出ていってしまうので、話を知らなくても仕方はないと思うが・・いや、それもないな。あいつ自身も模試では、国語に限って言えば9割を超えていたはずだ。初見の問題だとしても、まさか全部空欄だなんてことはありえない。

 

「じゃあ、何でだ?」

 

 心配だとかそう言う訳ではない。ただ、無性に気になるのだ。息子の行動の意味を。無駄なことを嫌うアイツが、あえて点数を落とすようなまねをするとは思えなくて。

 

「ったく、これ、しかも私が作った問題だし」

 

 本文を読み込んで、生徒がどれほど内容を理解しているか、それを意地悪でない程度に試すような問題を作ったつもりである。丹精込めて作った問題を、解かないだなんて。

 

 “私が作った”問題なのに。

 

「・・・・あ」

 

 はた、と思いつく。が、すぐに振り消す。

 

「いや、でもまさか・・・」

 振り消そうとしても、頭から離れない。しつこく、執着のように。

 

「嘘・・・だろう・・・・、まさか、それを、見抜いて・・・・?」

 

 学校からテスト関係のものは、藤孝は持ち帰らない主義である。問題作成も採点も、すべて学校で行っている。だから、まず、国語科の教師以外が、事前にだれがどの問題を作ったかなどを知るわけが無いのだ。

 

「でも・・・忠興なら・・・」

 

 異常に観察眼の鋭い、忠興ならば。

 

「できることも、ない・・・?」

 

 

 確信した瞬間。

 

 ペンを思わず取り落とす。

 

 ぞっとした。

 

 そして、言いようもないほど奇妙な歓びが、込み上げてきた。

 

「ふふ・・・・ふふふ・・・・」

 

 ああ忠興、やはりお前は私の息子だな。

 いくら口では嫌いだと言ったって、血の繋がりは、確かなんだ。

 

 きっと、テストの問題を見て気が付いたのだろう。何の変哲もないこの大問が、藤孝の担当だったということを。だから解かなかった。藤孝が作った問題だから。

 

「アイツが作った問題なんて解いてたまるか、とか、思ったんだろうなァ」

 

 一人で笑う。可笑しい。まさか、自分の高校時代と全く同じことを息子がするようになるとは。

 どうしても気に入らない現代文教師だったのだ。だから、一度だけやってやった。その教師の授業に全力で耳を傾け、どこの点を突くのか、何を重視して問題を作りそうか、現代文から古典から全部にわたって研究した。そして、出た結論をもとに、テストの問題用紙が配られてすぐ、その教師が作った問題を見抜いたのだ。

 あれだけ普段以上に注意を払って授業を聞いていたのだ、あれさえなければ確実に100点は取れた。その教師の作った問題だけを全部空欄で出した。授業中によくいじめてくることへの、意趣返しのつもりだった。

 

 ここでまた一つ思って、藤孝は笑う。つまり、それほどあいつは、私の授業を聞きこんでいるということだ。あの時の私のように。

 

「ふふ、ふふふっ・・・くはっ」

 

 苦しい。久々だった。こんな風に笑うのは。傍から見れば、職員が一人、部屋で笑っているなど狂気の沙汰だろう。だが、いいと思った。どうせこんな所に人が来るわけない、と踏んでいたのもあるが、たまにはこうやって息子のことを考えるのも、悪くないと思ったのだ。

 

 これは、返却の時に一言言ってやらねば。基本的に周りからは穏やかだと評される藤孝だが、やられっぱなしで黙っているような性格ではない。むしろやられたらやり返すが当たり前。それが、たとえ相手が血縁だとしても変えることのない、藤孝のポリシーだった。

 

「そろそろ、アイツも調子に乗ってきたかな」

 

 授業を、出席として認定される3分の1きっかりまで出て去る、なんていう小賢しい抗議にもいい加減構ってやらなければ、と思っていたところだ。明日の放課後にでも、呼び出して説教してやろう。

 

 くす、と笑いが漏れる。

 

「さて、残りもちゃっちゃと片づけてしまおう」

 

 赤ペンを拾う。次の生徒に移ろうとしたところで、まだ忠興の分が最後まで採点し終わっていないことに気が付いた。

 

「・・・全く」

 

 口では、そう言うものだ。それは、きっと藤孝自身にも言えること。

 呆れたような声にそぐわない笑みを深くしながら、藤孝は採点を再開した。

 


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