ラディッシュの葉と愛の形
レオンハルト→ヨハン→クラウスの視点でお送りいたします。生体標本ネタ注意。
とある日曜日の昼近く。珍しく休みが重なったメンツを引き連れ、レオンハルトは町への買い出しに行っていた。その帰り道、車を運転するのはクラウス、助手席に自身、そして後部座席にはフロリアンとヨハン、ローザが大人しく座っている。荷物持ちとローザ番、だとしても結構いつも一人で行くよりは多く買い物ができたので個人的には大満足なのだが、何で俺が家計の管理やってんだっけなぁ、となどとちょっと悲しく思いつつ今日の出費を頭のなかでまとめていると、ふと、フロリアンがねえ、と声をあげた。
「何?」
振り返ると、今日買ったものから取れてしまったのだろうか、手にはラディッシュの折れた葉を持っている。そんなの、捨てりゃいいのに。首をひねっていると、いつも通りの氷のような無表情で、フロリアンが口を開いた。
「葉っぱってさ、折れて取れたらごみじゃん。」
「・・・だな、 じゃあ何でそんなの持ってんだよ」
「いや、そこじゃなくて。・・・例えばさぁ、この葉っぱみたいに最愛の人の腕が、取れたとするじゃん。ヨハンの魔法で吹っ飛ぶ、とか、そういう。そんなときでも、相手の取れた腕も、愛せる?それともやっぱり、ごみなのかな」
「・・・・・」
車内の空気が凍った。ラディッシュの葉が、愛する人の腕だったら、だって?
「人の腕ならまず縫合を考えるのでは」
「じゃあ、それが無理なくらい切り口がぐちゃぐちゃだったとする」
「・・・・」
縫合不可能なほどに破壊された腕。暗殺が主な仕事とはいえ一応自分たちは巨大マフィアの殺戮部隊の一員なのだ。大きな抗争や襲撃となれば応援として駆り出されることも普通だし、そんな状態に吹っ飛んだ四肢を見たことがない訳じゃない、けれど。
にしてもその発想かぁ。
「ごみかなぁ、どうしようもないもんねぇ」
何とも言い難い雰囲気をぶち壊すように、ローザの意見があっけらかんと響く。まぁ、それが普通、だよなぁ、多分。
「どうにもならないんだろ、そしたらせいぜい埋めてやるとかさ、それくらいしかできねぇじゃん」
「やっぱそうか、そうだよねぇ。僕もフォルの腕ダメになったら、あとで拾って埋めるな」
私服のセーターにフレアスカート、綺麗に化粧をした姿は完全な淑女なのだが。何となくラディッシュの葉を指先でつまみ上げているフロリアンのその仕草は、どこか不穏だ。
と、ここで必ず違う意見を述べてくるであろう運転手が、そうですかねぇ、と異を唱える。
「私ならそれも含めて愛せますがね、いびつでもくっつけてあげるか、部屋にでも飾りましょうか」
「お前ならそういうと思った」
「あら酷い!姫君は今日も辛辣・・・ねぇ、何とか言ってくださいよ、ヨハン」
ある意味お前の回答は分かりきってて詰まんない、と返すフロリアンに、クラウスが嘆きのポーズを見せながらヨハンに話を振る。いや、屋敷の中でも数少ない常識人に?案の定、困ったようにヨハンは細い肩をすくめた。
「さぁ・・・ちょっと想像がつかないので何とも。それにまぁ、そんな状況でも大体兄が何とかしてしまうでしょうし、くっついちゃいますよ」
「さもありなん、か。テオドールの魔法凄いもんねぇ、そうなっちゃうか、結局」
バックミラー越し、フロリアンが少し窓を開け、隙間から至極つまらなさそうにラディッシュの葉を車外に投げ捨てたのが見えた。いずれ土に還るものならポイ捨てにもならないだろう、持って帰っても仕方ないしね。それよりもへたの部分を切り取って水につけておけば新しい葉がでる・・・植物だって人間だって、治癒能力があるんだからそれでいいじゃないか。
話題は今晩出す酒についてに移り変わり、クラウスの愛車のメルセデスは5人を乗せて軽快に屋敷への帰路を走った。
「んっふふふふ、あっははははは」
クッキーの皿と紅茶の缶を携えて部屋を訪ねてきたクラウスが、部屋に入ってきてドアを閉めるなり笑い出した。買いものから帰ってお昼を食べて、しばらく。分かっている、大方さっきの車内での話を笑いに来たのだろう。クラウスはヨハンの「趣味」を知っている数少ない人間の一人なのだ。うるさいなぁ、とヨハンはティーセットを用意し、電気ケトルのスイッチをいれる。
「うふふ、何て答えるのかと思って貴方に振ったのに、まさかねぇ、テオドールの話題とすり替えるなんて、あははは、何て愉快な事なんでしょうね!」
「うるさいですよ、じゃあなんて答えれば満足だったんです」
「んっふふふふ、割と屋敷の中でも常識の地平に近いところにいる貴方ならばあの答えがベストでしょうねぇ、ええ、そうでしょうそうでしょう。うふ、本心を押し殺した素晴らしく無味乾燥な解答例ったら!世界中のお手本になれますよ、きっと」
「・・・・」
盛大に笑われているものの、何一つ言い返せないでいるのは、あながち彼の言葉が当たっていない訳でもないからだった。ヨハンの趣味、それは標本製作である。無論、昆虫や宝石などではない、“生身の人間の一部”のだ。
精神的にバランスを崩していた中学時代からだったか。学校という獄舎から解き放たれる暗殺の任務を初めて一人で完遂したとき、何故だか分からないが気が付いたらターゲットの右手首から先を持って帰ってきてしまったのだ。夢中で血抜きをして、細胞の固定を行い、ホルマリン溶液に漬けて・・・初期の頃の“作品”など所詮知識もない子供の産物、すぐに崩れてしまったので処分したが、後日それを知ったボスに改めて死体の処理についての技術を学ばせてもらい、それから目ぼしいものを見つけては練習を繰り返し、今ではそれらは結構と立派なコレクションになっていた。得た魔法の特殊性から粛正や処刑を担当することも多いヨハンからすれば、仕事場は練習台の宝庫であり、またボスもヨハンがそうして死体を損壊することについては別にそれを止めはしなかった。腕、足首、脊椎、心臓・・・。以前たまたま自室でレオンハルトと大喧嘩したときに壁をぶち抜いてしまって発見した隣の奇妙な隠し部屋は、今やヨハンの遊び場兼保管庫となっている。そしてそれを知っているのは、兄テオドールと、今窓辺に佇んでクッキーをかじっている生意気な道化だけなのだ。
「別に、いいじゃないですか。誰に迷惑かけているわけでもないのだし、間違っても腐敗したりしないよう細心の注意を払ってるんですから。いまさら人の趣味にインモラルだのなんだの言えるほど、貴方だって真っ当な行動してないでしょうに」
ああ腹立たしい。あの何もかも見透かしているような瞳が。別にクラウスの事が嫌いな訳ではないが、こうして人の痛がる点をわざわざ白日の下に晒そうとするその意地悪さはどうかと思う。それを揶揄して言い返したつもり、だったのだが。
クラウスの“今は”青い瞳が、何を、と笑った。
「はい?」
「ええ、ですので、何を言っているのだと言ってるんです。別に私、貴方の趣味を貶したい訳じゃありませんよ。もっと別の事です」
「は・・・?」
じゃあ、何のことだろう。ティーカップ二つに紅茶を注ぎ終えたヨハンは、首をかしげながらお茶が入りましたよ、とクラウスを呼ぶ。かじりかけのクッキーを手に携えたまま、クラウスはさも可笑しそうに口角をゆがめながら椅子に掛けた。
互い、ティーカップを手に取る。赤く透き通ったダージリン。左利きの私と右利きのクラウス、まるで鏡に映したように同じ仕草を取ってくる。
「一つだけ」
「・・・・はい、」
香りを確かめるようにしてから、クラウスが紅茶に口付ける。
「貴方の“作品”が収められている容器、一つだけ単なるガラスじゃなくてクリスタルガラスの容器がありますよね」
「・・・・ッ、なんで、それ」
思わず息が止まった。動揺を、隠しきれない。まさか気付かれて?いやでも普通気付くわけがない。普通?この男に?普通なんて言葉が通じるのか。
焦りと動悸に追い詰められるヨハン。クラウスが肩をすくめた。
「見れば分かりますよ、屈折率、透明度、明らかに安物のガラスとは違いますから。・・・・しかもその“作品”だけ、何故か明らかに保存作業の丁寧さが違いますよねぇ。貴方の生体標本の固定技術には日々脱帽する思いですが、その中でも特に、其れだけ違う。ねぇ、私ずっと不思議だったんですよ。まるで執念の塊のような作業をなされたあの“左腕”、アレ一体誰のものだったんでしょう」
「ッ、そんな、知らない、違います!!」
疑問形の形を取ってはいるものの、青い瞳は確かに物語っていた。誰の腕なのか、あらかた見当は付いてるんですよ、と。叫び出しそうになり、ヨハンは思わず立ち上がった。息荒く見下ろす自分と、全てを見透かしたように見上げるクラウス。上下、だが追い詰められているのはヨハンの方だった。
「・・・・車内じゃ、興味ないみたいなこと言ってたくせにね、貴方、本当に可愛い人。素直になれなくて、屈曲に屈曲を重ねた結果がこれだなんて」
「・・・・・」
「ねぇヨハン、アレ、あの左腕――――あなたのお兄さん、テオドールのものですよね?」
「・・・ッ、」
確認の質問。確信めいた表情。なんだ、バレていたんじゃないか。ヨハンはもう、力なくうなずくことしかできなかった。
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