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アルレッキーノ、

​または高貴なるイヴァン

続きます。1-2。フランカはどこにでもいるちょっと小太りな活気のあるおばちゃん、みたいなイメージ。クリスティーナは割かし美人です

*******

 

 

 

「ドナテッロ、今日はあんまり喋るタイミングなかったね」

「何言ってんだ、お前の独壇場だったからだろう」

「あはは、至言だ。何か楽しくなっちゃって」

 

 インナモラータ達とは分けられた、上級キャストたちの楽屋。舞台が終わった後、各々がつけていたマスクの手入れや化粧落としなどを行っているなか、アルレッキーノがドットーレ:博士殿を演じていたドナテッロに話しかけていた。ライモンドはそれを聞きつつ、劇中で使うサーベルを磨いている。座長のマルチェロは、今日の公演にお偉いさんが来ていたとかで挨拶に行っていた。

 

「アルレッキーノ、あんたインナモラータとぶつかってたでしょ。きちんとタイミング合わせないと」

「フランカ、あれは俺も予想外だったんだよ。あの時君が出てくると思ってたのに、せーので飛び出したらインナモラータが出てきちゃって」

「あいつか。後で言っとかないと」

「まぁまぁ、ハプニングありきの即興喜劇でしょうが」

 

 かと思えば、女将さんをやっていたフランカの小言をさらりとかわしている。彼女に「君」などと呼びかける度胸のある男は、この一座の中ではアルレッキーノだけだった。あいつの纏うどこか貴公子然としている雰囲気が、それを許させているのかもしれない。

 

「ちょっとアルレッキーノ!」

 

 と、上着を脱いでるアルレッキーノの前で仁王立ちしたのはクリスティーナだ。非常に美人だが、性格が強気すぎるのが少々難点である。・・・その強気美人も、どうもアルレッキーノには骨抜き状態になっているようなのだが。一時期クリスティーナに懸想していたライモンドとしては(入団直後、まだ彼女の性格をよく知らなかった頃の話である)、妙な気分だ。

 

「ん、何?」

 

 シャツを腕から払い落としながら、アルレッキーノが振り返る。下手したらそこらの女よりよほど華奢な上半身が露わになり、クリスティーナがさっと顔を赤く染めた。

 

「・・・っ、今日、私の事抱き上げて回ったでしょ? あれ、目が回っちゃうからもう少しゆっくりにしてほしいんだけど!」

「ああ、降ろした時に少しよろけたのそのせい?大丈夫、君が倒れそうになったら俺がまた抱き上げてあげるから」

「ちょっ・・・!!!」

「あははは、冗談だよ。支える事くらいはしてあげるけど、心配しないで、人前で君が恥掻くようなことはしないって」

 

 大事なヒロインちゃんだし、とアルレッキーノが私服のシャツに袖を通す。飾りボタンを留め白いクラバットを締めれば、これでもか、というくらい粋な男になった。どこからどこまでが演技なんだかよくわからないが、ワザとらしさとおどけた感じの中にも、確かに色気が滲み出ているのが、アルレッキーノの不思議な魅力だとライモンドは思う。自分にはない物だ。

 分かればいいのよ、と言い残したっきりそっぽを向いて化粧台へと立ち去ったクリスティーナを横目に、アルレッキーノが笑いかけてくる。罪な男だな、と口だけで言うと、好きで重ねてる罪じゃない、と返ってきた。

 とんだ茶番だな、とライモンドが肩をすくめたその時、唐突に楽屋の扉が開け放たれた。

 

「アルレッキーノ!」

「あー・・・、マルチェロさん?」

 

 息を切らして、妙に嬉しそうな顔の座長マルチェロが姿を現した。開口一番名前を呼ばれたアルレッキーノは、目をぱちくりとさせてマルチェロを見ている。

 

「えっと、どうかしましたか?」

「聞け!朗報だ!今日の公演、実は少し離れた都市から貴族様がいらしてたんだ。それで、今日の公演でアルレッキーノの役を演じていた役者がとても素晴らしかったものだから、お前に挨拶をしたい、と」

「うっそ、俺に?」

 

 呆然と自分を指さすアルレッキーノに、ライモンドは駆け寄る。

 

「お前だよ!すげぇじゃん、貴族様に見初められたとよ!」

「嘘だ、俺が?今日の名演技はフランカでしょう!」

「嫌だねぇ、“銀の薔薇座のトップスター”の座は長年あたしだったってのに」

「今でもそうでしょフランカ、俺なんてまだ入団してから4年しかたってないよ」

「そういうときは謙遜すんじゃないの!堂々と胸張りな、ほら!」

 

 フランカが、ばし、とアルレッキーノの背中をはたいた。痛いって、と大げさにアルレッキーノが逃げる。

 確かに、貴族から目を掛けられたとあれば。その後の活動資金や公演場所の提供などが見込める。功績としても十分誇れるものだが、実利的な面であっても、旅回りの公演などを行うこともある銀の薔薇座にとっては非常にありがたいことであった。

 別に、自分が選ばれなかったことについての嫉妬や恨みの感情は無い。素直にライモンドは、アルレッキーノの喜びを自分のことのように感じていた。

 

「実はもう楽屋の外にまでいらしているんだ。お呼びしてもよろしいかな?」

「え、待って待って、てかジローラモがまだ上裸だよ!どうしよう、ねぇマスク付けたほうがいいの?そっちのほうがアルレッキーノらしいかな」

「おいおい、テンパりすぎだろうが。もっと気ぃ抜けよ、アルレッキーノ」

 

 劇中で付ける黒い陶器製のマスクを片手にきゃーきゃーと騒いでいるアルレッキーノを、ライモンドはいさめる。それを見たマルチェロが鷹揚に笑い、こちらにやってきた。

 

「まぁアルレッキーノ、相手は貴族とはいえ人間だ。そんなに気負うこともない。お前らしい姿で接してみろ、元々そんなに悪人って訳じゃないだろう?緊張するな」

「・・・・そうです、よね。相手は人ですもんね。俺、頑張る。きっと粗相のないように挨拶してみせますから!」

 

 アルレッキーノが顔を上げた。しっかりとした視線で、マルチェロを見つめる。マルチェロもうん、とアルレッキーノに頷き返し、ジローラモが着替え終わったのを見計らって楽屋の扉を内側からノックした。

 自然、目がそちらに吸い寄せられる。姿勢を正して直立するアルレッキーノ。閉じられた扉の向こうから微かに話し声が聞こえて、一気に室内の緊張感が高まった。

 

「失礼するよ」

 

 初老と思わしき、男の声。

 ぎ、と戸が開く。案内をさせられていたと思わしきインナモラータ役の一人がまず失礼します、と中に入ってきて、扉を押さえた。

 

 うわ、これが貴族か。

 

 ライモンドは、思わず見つめる。

 入ってきたのは男2人。黒い髪の若いほうと、ロマンスグレーの髪の老いたほう、きっと親子なのだろう。となると現当主と次期当主か。彼らが放つ貴族独特のオーラに、ライモンドは圧倒されていた。

 町の靴屋の部屋住みとして生まれたライモンドにとっては、貴族など全く縁のない人々である。初めて見た。すげぇ。服も、靴も、とても上等だ。

 ふと隣を見ると、アルレッキーノが固まっていた。やはり、自分と同じで貴族の雰囲気に押されたか。ほら、行けよ、とアルレッキーノを軽く叩こうとした、その時。

 

「お前・・・・っ」

「・・・・・・・・!!!!?」

 

 ライモンドは気が付いた。

 貴族二人と、アルレッキーノが、互いに目を瞠りあったまま、動かなくなっていたのだ。

 どういうことだ?アルレッキーノだけならまだしも、どうしてお貴族様たちまでそんな顔をするんだ。

 

「おい、アルレッキーノ・・・・」

「・・・・・・っ」

 

 恐る恐る声をかけるが、アルレッキーノは動かない。それどころか、かたかたと震えていた。怯えたような表情を浮かべて。

 

 初老の男のほうが、くるりと背を向けて一言、気分が悪いので先に戻る、と出ていってしまった。アルレッキーノを、忌々しげに睨んでからの言葉だった。

 何だ、これ。

 

「おーっと、すみませんねぇ、こいつ、あまりこういう場に慣れていないもので―――」

 

 それを取り繕うとしたらしいマルチェロが、焦ったような笑みを浮かべつつ貴人に話し掛ける。が、若いほうの男が、それを手で制した。

 

「いや、慣れていないはずなど無いんだ。まさか、こんな所にいたとはな」

「え・・・・?」

 

 ライモンドは、男を見やる。慣れていないはずがない。理解できなかった。

 どういうことだ、アルレッキーノ。お前、こいつらと知り合いなのかよ。

 言葉にはできぬまま、ライモンドは脳を忙しく回転させる。だが全くと言っていいほど、何も浮かばなかった。

 た、と男が一歩アルレッキーノに近づく。

 

「どうしてこんな所に?ああ、お前は確か演劇かぶれだったものな。本望だったか」

「あ・・・ああ・・・・・」

 

 漆黒の髪に、青い瞳。イタリア系にしては珍しい髪と瞳の色。そして、アルレッキーノと同じ、色。

 一層、アルレッキーノの震えが強くなる。

 

「おい、いい加減頭も冷えただろう。さっさと家に戻れ、お前がいないといろいろ不便なんだ」

「嫌・・・・いや・・だ・・・・・」

 

アルレッキーノが頭を抱える。

 

 嫌だ、嫌だと呟き続けるアルレッキーノ。

 おかしい。何故だ。何故そんなに怯えるんだ?

 

「お前は確かに、一族としては失格だった。掟を破ったからな。だが、用心棒としてなら非常に役に立つんだ。下らない意地を張っていないでさっさと戻ってこい」

「・・・!!」

「お前、まさか一般人と仲良くできるだとか、そんな馬鹿げた事を思ってるんじゃないんだろうな。だとしたら大間違いだ。なんせ、穢れてるんだから」

「もう・・・嫌だ・・・・・」

 

「穢れてるって、」

 

 いくら何でも。そっちは貴族、こっちは役者、分かってはいるがそこまで言うことないだろ。立場も忘れてそう食ってかかろうとしたその時、アルレッキーノを責めていた男が、ライモンドのほうを見た。

 

「・・・もしかして、こいつ、本名を明かしてないのか?」

「え?・・・・まぁ、そうですけど」

 

 ライモンドは答える。すると、ふ、と男が笑った。そのまま、アルレッキーノのほうに視線を流す。

 

「お前、うちの家の名前隠してたな?」

「嫌だ、嫌だっ!言わないで、お願い、言わないで・・!!!」

「何で。いいじゃないか。・・・・ああ、そうするとバレるからか?お前含めたうちの一族が、”穢れた一族“だっていうのが、バレてしまうからか」

「嫌だ、もう、やめて!俺は俺でやってるんだからいいじゃんか!どうして構うの!ほっといてよ・・・・・!」

 

 穢れた一族。

 ライモンドは、目を細める。

 先ほどの男の、「穢れている」という発言は、どうもこちらを貶める意図があってのものではないらしい。というかむしろ、彼ら一族を“穢れている”と称す、その理由。

 分からない。が、酷く取り乱すアルレッキーノの姿を見て、ライモンドはそれが世間に明かされて良いものではないのだろうな、ということは理解していた。

 

「なぁ、やっぱりお前は一般の者と交わる事など許されない運命なんだよ。分かってるだろう、こんな家に生まれた時点で、そんなの不可能なんだ」

「やだ、やだ!もうやめて、出ていって」

「ほう、俺に出ていけと?命令するのか?」

「ねぇ、お願いだからもう構わないでよ!俺は関係ない、出ていったんだから!」

 

 叫び掛けるアルレッキーノの瞳から、涙がこぼれた。

 そこまで言うなら、何かよくわからないけど、許してやれよ、貴族様。

 ライモンドは、黙って二人のやり取りを見つめる。男が、苛立たしげに前髪を掻き上げた。

 

「次期家長としての命令だ。戻れ」

「嫌だ」

「戻れ。」

「嫌・・だっ」

 

 首を振って拒絶するアルレッキーノ。

 とうとう、男のほうも堪忍袋の緒が切れたらしい。

 

「戻れといっているだろう、イヴ!」

 

「こっちだって嫌だって言ってるでしょ!ほっといてよっ!!!」

 

 男の怒鳴り声と、アルレッキーノの絶叫。

 アルレッキーノが、男を軽く突き飛ばして、外に走り出ていった。よろけた男がアルレッキーノの腕を捕まえようとするが、乱暴に振りほどかれる。

 

 

「何だ・・・・これ・・・」

 

 

 何が何だか、分からない。イヴ、って、なんだ。

 ライモンドは、一瞬呆けて開け放たれた扉を見つめていたが、すぐに我に返り、アルレッキーノ、と叫びながら出ていった彼を追いかけた。

 

 

 

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